外国人へのおもてなし、英語でなくていいんです-。アジアからの訪日外国人の急増に対応しようと、川下りやうなぎ飯で知られる福岡県柳川市が、広告代理店大手の電通と提携し、「やさしい日本語ツーリズム」と銘打った事業に着手した。不慣れな英語で応対するのをやめて、簡単な日本語で外国人とコミュニケーションを取ろうという、“目からうろこ”の試みだ。普及を担う「やさしい日本語リーダー」などの市民を育成。当面は日本語が話せる人が多い台湾人観光客を対象に、日本語で案内や接客に当たる。
台湾人観光客が着けるバッジ(右)と、案内役のバッジ
事業の仕掛け人は同市出身で電通シニア・マネジャーの吉開(よしかい)章さん(49)。吉開さんによると、やさしい日本語は敬語や複合語をなるべく使わないのがポイントだ。例えば「いつ帰られますか」は「いつ帰りますか」、「駅ビル」は「駅のビル」などと表現することで、外国人に格段に分かりやすくなる。あえて語彙(ごい)を制限して簡単な言葉に言い換えるのがこつで、外国人向けの日本語教師が使う手法という。
柳川市への昨年の外国人観光客は前年比65・4%増の約15万人に達し、その54%を台湾人が占めた。台湾では今、日本語学習熱が高く、訪日リピーターが多い。吉開さんによると、訪日する台湾人の3人に1人は日本語を話せるという。
これを受けて市は国内自治体で初の事業として、内閣府に1500万円の地方創生交付金を申請、認められた。今後は東京外国語大の荒川洋平教授らと連携してリーダー10~15人のほか、やさしい日本語を使う総合案内人の観光コンシェルジュ20人程度を養成する。
やさしい日本語ツーリズム事業の発足式に招かれて自己紹介する台湾人留学生=福岡県柳川市
10月に台湾人留学生50人と市民50人の交流会を開催。12月には台湾人ペア3組を市に招き、成果の実証実験をする。その上で日本語の会話を希望する台湾人観光客に「やさしい日本語、おねがいします」と書いたバッジを着けてもらい、コンシェルジュらが日本語で雑談や案内に応じるという。
金子健次市長は「海外旅行の一番の思い出は現地の人との触れ合い。日本語でいいなら、市民のだれもがおもてなしに参加できる」と狙いを語る。11月に自ら台湾を訪れ事業をPRする計画で、「外国人客誘致のモデルケースにしたい」と意気込む。
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■台北駐福岡経済文化弁事処の戎処長
やさしい日本語ツーリズム事業の発足式に出席した台北駐福岡経済文化弁事処の戎義俊処長(63)に、「世界一の親日国」とも言われる台湾の現状や、九州との関係を聞いた。発言の要旨は次の通り。
2015年に訪日した台湾人観光客は前年比30%増の367万人に達した。うち福岡県への宿泊客は45万7千人で、九州・山口でトップだ。格安航空会社(LCC)の福岡就航に加え、14年に刊行された九州専門旅行雑誌「美好九州」が火付け役となった。
今年5月に台湾初の女性総統となった蔡英文氏は日台関係を非常に重視しており、両国関係は一層発展、前進するだろう。台湾の若い世代は新しい歴史教科書で教育を受け、ゆがんだ反日の歴史観にとらわれず、「台湾人意識」が強い。
今、台湾の若者の間では急速に日本語学習熱が高まり、街には日本語塾が林立している。大学の授業では第2外国語に日本語を選択する人が圧倒的だ。日本のアニメ、タレント、ゲームなどに憧れ、日本文化に恋い焦がれる若者たちを「哈日(ハーリー)族」と呼ぶほどだ。戦前の台湾に郷愁を感じる年配の日本語世代は、自分たちの孫にこうした現象が起こるとは予想だにしなかっただろう。
柳川市や川下りの知名度も、台湾で高まっている。これからの観光交流の深まりに期待している。
2016/08/27付 西日本新聞夕刊よりhttp://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_sougou/article/270277