【 台北駐日經濟文化代表處札幌分處 】
2026年10月第5週TOPICS
- 【日独首脳が「台湾海峡の平和と安定の重要性」強調 林佳竜外相、感謝表明-政治-】
(台北中央社)高市早苗首相とドイツのメルツ首相は28日、東京都内で会談後に日独首脳共同声明を発表し、台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調するとともに、両岸(台湾と中国)問題の平和的解決を促した。これを受け林佳竜(りんかりゅう)外交部長(外相)は「心からの歓迎と感謝」を表明した。外交部(外務省)が29日、明らかにした。
外交部は報道資料を通じ、会談後の記者会見で高市氏が欧州・大西洋とインド太平洋地域の安全保障は不可分だと述べたことや、メルツ氏が台湾海峡に国連憲章の武力行使禁止原則が適用されるため、関係国・地域に慎重な行動を求めたことなどを紹介。両首脳が台湾海峡の議題に対する高い関心を共同で表明し、台湾海峡の平和と安定を守ることがすでに国際社会のコンセンサスかつ共通の利益になっていることを際立たせたと指摘した。
その上で、台湾海峡の平和と安定は地域の安全保障と国際社会の繁栄に不可欠な基盤であり、世界経済の安全保障やサプライチェーン(供給網)とも密接に関係していると言及。台湾は「総合外交」の理念に基づき、日本やドイツなど近い理念を持つ国々との各分野での交流・協力をさらに深め、自由と民主主義、ルールに基づく国際秩序を共に守り、地域の平和、安定、繁栄を促進していくとした。:2026年10月29日
- 【冒険家の田中陽希さん 「台湾百岳」を「一本の線」で踏破に挑戦へ 11月に出発–社会 -】
(東京中央社)冒険家の田中陽希さんが、台湾を代表する100座「台湾百岳」を自らの足だけを頼りに一本のルートで踏破する「台湾百岳ひと筆書き」計画を進めている。11月1日に台湾本島最北端の新北市富貴角灯台を出発し、約4カ月かけ、本島最南端のガランピ(鵝鑾鼻)まで、約2000キロを歩く予定だ。
23日には台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)で記者会見が開かれた。李逸洋(りいつよう)代表(大使に相当)は、台湾の面積は日本の約10分の1だとしながらも、海抜3000メートル以上の高山は268座あると紹介。田中さんの挑戦を通じて、台湾の山の魅力を日本や全世界に伝えてほしいと語った。
田中さんは2014年に「日本百名山」、翌年には「日本二百名山」、18年から21年にかけては「日本三百名山」を「一筆書き」で踏破した。「台湾百岳」の存在を知ったのは約2年前で、台湾の山岳への理解を深めるため、昨年4月に台湾を初訪問してからこれまでに5回訪台。今春には台湾東部から西部までを徒歩で横断した。
当初は3月から6月にかけて挑戦するつもりだったが、台湾では台風や雨の多い時期に入り、登山に適さないという台湾の登山関係者からの助言を受け、秋から冬にかけての実施に変えたという。
また「日本では現金を持ち、最低限の荷物があれば、食料は最小限に抑えて山を縦走できる」としつつも、今回台湾で三十数泊利用する予定の山小屋のうち、食事の提供を受けられるのは2カ所だけだとし、食料を入山前に携帯し、縦走しなければいけないとした。
来年の年初には、全行程で最長となる15泊16日を山中で過ごす予定だ。この区間は情報が乏しく、地図上には登山道が示されているものの、廃棄されて長い時間がたっていると指摘。「いざ行ってみて道があるか分からない」とし、「このプロジェクトの一番の山場」と語った。
台湾の乾季での挑戦になるため、水の確保も重要になる。昨年12月に中部の雪山(海抜3886メートル)に登った際には、川に水がなく、地図に紹介されていた水場も枯れており、川底のくぼ地にたまっていた水を浄水器でろ過した後、煮沸して飲んだと日本では考えられない過酷な状況を振り返った。今回は、水を荷揚げするためのサーバーを10リットル分持ち込むという。
出発前の心境としては、日本を離れて海外で挑戦することの大変さを実感しているとし、「日本百名山挑戦の時に近い感覚」と吐露。「(挑戦を)終えるまでは日本に帰ってこられないというプレッシャーは今まで以上に感じている」、「緊張と不安と、大変なことばかりが口を割ると出てくる」と弱音を吐くが、「自分自身への挑戦だ」と語った。
また、台湾でも日本でも、台湾には数多くの3000メートル級の山があることを知らない人が多いとした上で、実際に踏破することで、台日双方に良い影響を及ぼすことができるのではないかと期待を寄せた。:2026年10月28日
- 【艋舺公園がリニューアル 水面に「逆さ龍山寺」映る開放的な空間に/台湾・台北-文化-】
(東京中央社)冒険家の田中陽希さんが、台湾を代表する100座「台湾百岳」を自らの足だけを頼りに一本のルートで踏破する「台湾百岳ひと筆書き」計画を進めている。11月1日に台湾本島最北端の新北市富貴角灯台を出発し、約4カ月かけ、本島最南端のガランピ(鵝鑾鼻)まで、約2000キロを歩く予定だ。
23日には台北駐日経済文化代表処(大使館に相当)で記者会見が開かれた。李逸洋(りいつよう)代表(大使に相当)は、台湾の面積は日本の約10分の1だとしながらも、海抜3000メートル以上の高山は268座あると紹介。田中さんの挑戦を通じて、台湾の山の魅力を日本や全世界に伝えてほしいと語った。
田中さんは2014年に「日本百名山」、翌年には「日本二百名山」、18年から21年にかけては「日本三百名山」を「一筆書き」で踏破した。「台湾百岳」の存在を知ったのは約2年前で、台湾の山岳への理解を深めるため、昨年4月に台湾を初訪問してからこれまでに5回訪台。今春には台湾東部から西部までを徒歩で横断した。
当初は3月から6月にかけて挑戦するつもりだったが、台湾では台風や雨の多い時期に入り、登山に適さないという台湾の登山関係者からの助言を受け、秋から冬にかけての実施に変えたという。
また「日本では現金を持ち、最低限の荷物があれば、食料は最小限に抑えて山を縦走できる」としつつも、今回台湾で三十数泊利用する予定の山小屋のうち、食事の提供を受けられるのは2カ所だけだとし、食料を入山前に携帯し、縦走しなければいけないとした。
来年の年初には、全行程で最長となる15泊16日を山中で過ごす予定だ。この区間は情報が乏しく、地図上には登山道が示されているものの、廃棄されて長い時間がたっていると指摘。「いざ行ってみて道があるか分からない」とし、「このプロジェクトの一番の山場」と語った。
台湾の乾季での挑戦になるため、水の確保も重要になる。昨年12月に中部の雪山(海抜3886メートル)に登った際には、川に水がなく、地図に紹介されていた水場も枯れており、川底のくぼ地にたまっていた水を浄水器でろ過した後、煮沸して飲んだと日本では考えられない過酷な状況を振り返った。今回は、水を荷揚げするためのサーバーを10リットル分持ち込むという。
出発前の心境としては、日本を離れて海外で挑戦することの大変さを実感しているとし、「日本百名山挑戦の時に近い感覚」と吐露。「(挑戦を)終えるまでは日本に帰ってこられないというプレッシャーは今まで以上に感じている」、「緊張と不安と、大変なことばかりが口を割ると出てくる」と弱音を吐くが、「自分自身への挑戦だ」と語った。
また、台湾でも日本でも、台湾には数多くの3000メートル級の山があることを知らない人が多いとした上で、実際に踏破することで、台日双方に良い影響を及ぼすことができるのではないかと期待を寄せた。:2026年10月28日
- 【台湾鉄道、JR東日本と協力覚書締結 技術や経験の共有、観光PRなど推進へ/台湾–経済-】
(台北中央社)交通部(交通省)は28日、台湾鉄路(台鉄)とJR東日本が協力覚書を締結したと発表した。今後、双方は長期的な協力交流メカニズムを構築し、技術や経験の共有、運営面での交流、観光PRでの協力などを通じて、鉄道の安全性とサービスの質を向上させるとしている。
交通部は報道資料でJR東日本について、運営管理、インフラの維持管理、駅開発、観光マーケティングなどの分野で豊富な経験と優れた実績を持っていると紹介。覚書の締結は台日間の鉄道を通じた協力関係が新たな段階に進むことを象徴するだけでなく、共に技術交流の促進や運営の安全性、持続可能な発展に取り組む決意を示すものだと説明した。
協力は、意見交換や技術討論、相互視察、職員の相互訪問などを通じて進める。
具体的には、軌道や橋梁、斜面などの土木施設の維持管理経験に加え、自然災害の予防やモニタリング、対応策などについて情報を共有し、鉄道システムの強靭(きょうじん)性と安全管理能力の向上を図る。また、駅や周辺の土地の開発、資産の活用、商業施設の管理・運営に関する実務経験と成功事例を共有し、資産運営の効果と利益を高める。
さらに、双方の鉄道の特色と観光資源を組み合わせ、台日鉄道旅行のマーケティングとプロモーション活動を共同で推進し、より多くの利用者に台日の鉄道文化や沿線観光の魅力を体験してもらい、観光・文化交流を促進する。将来的には、産業発展のニーズと協力の成果に基づいて、交流協力分野の拡大も目指す。
台鉄の鄭光遠董事長(会長)は、今後は双方の専門的な資源と経験を結び付け、技術交流を深めるとともに、スマート化、安全性の向上、持続可能な発展を積極的に推進し、乗客により安全かつ便利で質の高いサービスを提供し、相互利益のある関係を築きたいと語った。:2026年10月30日
- 【台湾鉄道、2025年の弁当売り上げが過去最高に 前年比9%増
–観光 -】
(台北中央社)台湾鉄路(台鉄)の統計によると、2025年の弁当の売り上げが8億7600万台湾元(約44億円)に達し、過去最高になった。前年比で9.07%増と大幅に成長した。1年間で942万食を販売した。
25年に最も売れた弁当は排骨(豚スペアリブ)弁当で、718万食に上った。2位は鶏腿(鶏もも)弁当で56万食。3位は、排骨と魚のフライをダブル主菜とした、南部限定の「好事成双便当」で26万食だった。
台鉄は1949年に弁当の販売を開始した。同社によれば、初期は排骨弁当が中心で、油で揚げてから煮込んだ豚スペアリブや煮卵、干し豆腐、湯葉(豆皮)などを盛り込んだものが、多くの旅客の記憶に残る定番となった。後に、鶏もも肉や豚の角煮(控肉)、魚などをメインにした弁当が順次登場した。
駅ごとの販売数は、年間265万食を売り上げた台北駅(台北市)が最多。80万食の新左営駅(南部・高雄市)、68万食の板橋駅(北部・新北市)と続いた。
販売額は過去最高を記録したものの、販売数では2019年の1054万食に及ばなかった。同社は今年の販売見通しについて、慎重さを持ちつつ楽観的に見ていると言及。品質をより高めていくだけでなく、イベントや各地の食材、台湾産の良質な農産物を取り入れた特色ある弁当を展開し、顧客層を広げることで好調を維持したいとした。:2026年10月26日