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  台北週報2078号(2002.12.26) - 台北駐日経済文化代表処 Taipei Economic and Cultural Representative Office in Japan :::
主要ニュース
:::


台北週報2078号(2002.12.26)

二大市長選挙結果と今後の政局
馬英九氏の大差再選は総統選にどう影響
 
 12月7日の台北・高雄二大市長選挙は、台北市では国民党大勝、高雄市では民進党辛勝という結果になったが、これにより馬英九・台北市長が1年3ヵ月後の総統選挙に陳水扁総統の対抗馬として大きく浮上してきた。だが、共に総統候補と目されている連戦・国民党主席と宋楚瑜・親民党主席の去就は未知数である。陳総統はこれに対し、当面の最重要課題は経済の振興と構造改革の推進であると表明した。

 ●馬英九氏が総統候補に浮上

 十二月七日に投開票された台北、高雄二大市長選挙は、台北市では国民党公認で現職の馬英九氏が六四%の票を得て、民進党公認の李応元氏(得票率35・55%)を大差で下した。高雄では民進党公認で現職の謝長廷氏が五〇%の票を得て、国民党公認の黄俊英氏(得票率46・82%)の追撃を振り切った。

 民進党は総じてこの選挙結果を、民進党に対する大きな警鐘ととらえると同時に、馬英九氏が二〇〇四年に予定されている総統選挙において、再選を目指す陳水扁総統の対抗馬として大きく浮上したと見なしている。陳総統を強く支持する党内の派閥・正義連線のリーダー的立法委員である蔡煌瑯氏は十二月八日、「二〇〇四年総統選挙は陳水扁対馬英九の構図となるだろう」と語り、またもう一方の党内派閥である新潮流系のリーダー的立法委員である李文忠氏は「宋楚瑜・親民党主席はすでに地盤沈下した」と語り、蔡煌瑯氏も同様の見解を示した。

 蔡煌瑯氏は「次期総統選挙において、国民党と親民党の野党グループは陳総統に勝てる新たな統一候補を模索するはずだ。連戦・国民党主席を立てて勝てるとは誰も思っていない。宋楚瑜・親民党主席は中南部での支持率に問題がある。馬英九・台北市長は前回の票に大きく上乗せしたが、やはり中南部では問題がある。だが、野党グループでは馬氏が最有力候補と言える」と語った。

 李文忠氏は「馬英九氏が陳総統再選にとって確実に最強の対抗馬となった。宋楚瑜氏はすでに影が薄れ、連戦氏はその宋氏よりもさらに弱い。この二大市長選挙の結果だが、民進党にとっては大きな反省材料となった。数カ月前には民進党内で台北市長選挙でこうも大差で敗れるとは誰も思っていなかった。高雄市長選挙でも、もっと明確な勝利を得るだろうと見ていた」と述懐した。

 一方、民進党立法院党団総召集人の柯建銘氏は「馬英九氏が総統候補となるための最大のネックは、連戦国民党主席と宋楚瑜・親民党主席の存在であり、国民党内および国民党と親民党の内部調整が今後の課題となろう。さらに台北市長に再選されたばかりの馬氏には任期の問題もあり、また中南部で馬氏がどれだけの支持を得るかという点も問題だ」との見解を示した。

 ●国民党内の動きは?

 台北、高雄二大市長選挙が終わったことにより、次期総統選挙の実質的な火蓋が切られた。その二〇〇四年総統選挙についてだが、国民党内では国民党単独で正副総統候補を出すか、あるいは親民党と選挙協力をして正副総統候補に連戦・宋楚瑜の組み合わせか、宋楚瑜・連戦の組み合わせが取り沙汰されていた。この組み合わせのなかで、国民党内では親民党主席の宋楚瑜氏を総統候補とすることに反対の声が根強く、馬英九氏が台北市長選挙に大勝したことから、国民党単独で正副総統候補を出す気運が高まってきた。しかし、それらの声の多くは「勝てる候補を最優先に考えるべきで、連戦主席を総統候補として推すことを意味しない」としている。

 国民党立法委員の多くは「次期総統選挙で政権党への返り咲きは夢ではない」と見ている。ただし「可能性のある候補者を立てることが肝要で、連・宋あるいは宋・連の組み合わせでは勝てる保証にはならない」との見方が強まっている。だが、ある国民党立法委員は「連戦主席では勝てない。しかし公然と連戦主席に総統候補を辞退するように勧められる人物がいない」との懸念を示し、また他の立法委員は「宋楚瑜氏がまだ総統選挙不出馬を表明していないのに、連戦氏が先に辞退を口にすることはできない」と述べている。

 台北市長再選を果たした馬英九氏の人気が高まるにつれ、国民党立法委員のあいだでは、すでに馬氏を担ぐ声が出ている。その場合には現立法院長の王金平氏を総統候補とし、馬英九氏を副総統候補とするか、あるいは逆に馬総統・王副総統の組み合わせが取り沙汰されている。

 宋楚瑜・親民党主席については、ある国民党立法委員は「宋氏の総統選挙出馬の意志は明確だが、国民党内ではまだ調整がついていない。しかも党内世論は馬氏の支持率は宋氏を上回っており、野党グループにおける正副総統候補人選の有力カードも主導権も国民党が握っている」と指摘した。

 ●親民党の動きは?

 親民党政策センターの張顕耀・主任は十二月八日、「二大市長選挙が終わり、親民党は『全民救台湾大連盟』を結成し、台湾の直面している諸問題を解決し、台湾の永続的発展を図ることに全力を投入する。二〇〇四年総統選挙での連・宋あるいは宋・連の組み合わせを論じるのは時期尚早だ」と述べた。

 張主任はこのなかで、「親民党は国民党との協力を積極的に進めたいと思っている。十二月八日に予定されていた両党の協議は中止になったが、これは国民党から延期を申し入れてきたものだ。宋楚瑜・連戦会談に親民党は事前に議題を設定しない。時期も未定だ」と明らかにした。宋楚瑜・親民党主席の地盤沈下説に対しては、「事実と異なる。馬英九氏が台北市長選挙で圧勝したのは、親民党が選挙協力をしたからだ。そうでなければ、親民党は独自候補を立てていただろう」と語った。

 「全民救台湾大連盟」については、張主任は「これは一つの社会運動であり、国民運動でもある。党中央は今後、台湾の経済、教育、治安などの諸問題について、立法院党団と協議しながら解決策を提示していくだろう。この連盟の結成は親民党の未来像であり、目標でもある」と表明した。李鴻則・親民党立法院党団副召集人は同日、「二〇〇四年総統選挙のため、国民党と親民党は早く協力関係を確立すべきだ。高雄市長選挙の二の舞いを演じてはならない。最後には両党の協調あるのみだ」と語った。

  《台北『自由時報』12月9日》

 ●民進党の巻き返しは?

 台北市長選挙で民進党は前回の得票数より二十万票も失い大敗北を喫した。同党中央常務委員会は十二月十日、これに対する検討会を開いたが、多くの委員は「民進党の改革政策に対する失望の現れであり、無党派層の票が馬英九候補に流れたためである。このため民進党は改革路線と進歩的なイメージを再建しなければならない。そうしなければ無党派層の支持を取り付けることはできない」との認識を示した。また「この背景には台湾経済の不振があり、それが民進党への不信を呼んだ」との見方も示した。

 陳水扁・民進党主席は「選挙の結果を検討するに、台北市での敗北は総統として、また党主席として、すべての原因と責任は私にあり、大いに反省している」と語った。同時に「民進党としての急務は、『経済第一』と『大改革』政策の推進である。いま民進党が考慮すべきは、経済振興と構造改革の断固促進であり、総統選挙ではない。野党間では二〇〇四年総統選挙の人選が取り沙汰されているが、民進党としてそれを論評する気はない」と表明した。

 呂秀蓮副総統は同日、記者団の質問に対し、「今回の台北市長選挙の結果は、民進党にとって痛手ではあったが、総崩れではない。選挙民が民進党に警鐘を鳴らしてくれたのだ。誤りを正す時間はまだあり、二〇〇四年には有利な状況となっているだろう」と述べた。再度副総統候補になるかどうかについては「民意の決めることだ」と語った。

  《台北『中国時報』12月11日》


週間ニュース・フラッシュ  

  ◆十一月の外貨準備高過去最高

 中央銀行によると、十一月の外貨準備高は約一千五百九十一億三千万ドルで、前月より十五億ドル増加し、過去最高となった。中央銀行では、ドル安ユーロ高の影響でレート換算後の金額が増加したことと、外貨預金の運用利息の収入が外貨準備高の上昇につながったと分析している。

 《台北『経済日報』12月6日》

 ◆消費者物価指数、四カ月連続下落

 行政院主計処によると、十一月の消費者物価指数は前月より〇・五五ポイント値下がりし、連続で四カ月の下落となった。物価の値下がりは世界貿易機関(WTO)加盟で海外から安い農産物が大量に国内に輸入されたためだ。デフレへの懸念について主計処では「食品とエネルギーを除いた『核心物価』は上昇しており、しばらく状況を見守りたい」と話している。

《台北『工商時報』12月6日》

 ◆五年以内に台湾をハイテク研究発展センターに

 游錫堃・行政院長は十二月六日、行政院ハイテク顧問会議の席で「ハイテクは人びとの生活や世界経済のあり方に大きな影響を及ぼし、各国の競争力のカギともなる」と指摘し、五年以内に外国企業三十社、国内企業四十社を目標に台湾へのハイテク分野の研究開発センター設置を推進する決意を語った。

《台北『青年日報』12月7日》

 ◆企業の大陸投資違反の罰則を強化

 経済部は「台湾地区と大陸地区人民関係条例」の修正案で、企業の大陸投資違反に対し、今後五百万元(約二千万円)以下の罰金を二千五百万元(約一億円)以下に引き上げ、厳格に対処する方針を打ち出した。経済部では投資違反の実態調査をかねて中国に投資している企業の追加登録を今年七月から受け付けているが、十二月六日現在新たに登録された企業は四千百社で、投資金額は二十五億ドルにのぼっている。

《台北『聯合報』12月9日》

 ◆経済再生に七百億元を投入

 游錫堃・行政院長は台北・高雄両市長選挙が一段落した十二月九日、王金平・立法院長を訪ね、経済再生のための「公共サービス推進計画」と「公共工事拡大計画」の実施に、計七百億元(約二千八百億円)の特別立法を組み、失業率の平均を四・五%以下に、来年の予測経済成長率を三・五%以上とする目標達成への理解を求めた。

《台北『自由時報』12月10日》

 ◆米艦隊が台湾東南海上で軍事演習

 消息筋によると、米軍第七艦隊所属の航空母艦キティーホークが十一月下旬香港に向かう途中、台湾の東南海上で短期の軍事演習をおこなったことが明らかになった。最近中国による調査船が頻繁に台湾の東部水域を航行しているのが確認されており、今回の米軍の演習は中国に対する警告とも受け止められている。

《台北『自由時報』12月11日》

 ◆世界人権デーで、緑洲山荘が人権展示館としてオープン

 二・二八事件の逮捕者が抑留されていた緑島の監獄「緑洲山荘」が十二月十日の世界人権デーの日、人権展示館として生まれ変わった。政府が四千六百万元(約一億八千万円)かけて改修したもので、同日行われた開幕式には陳水扁総統も出席し、事件の犠牲者と家族ら七十人と会見した。

《台北『聯合報』12月11日》

 ◆米国が中国のミサイル配備に懸念示す

 米国防部は十二月九日、中国との国防交渉会議の席で中国が台湾に対するミサイル配備を強化していることについて「地域の安定に不利だ」と述べ、中国に懸念を伝えたと明らかにした。

《台北『自由時報』12月11日》


ニュース

十一月の輸出入一七%増  
外貨準備高は単月で最高

 十一月の輸出入額はともに前月を約一七%上回り、黒字額は二十五億八千万ドルで、単月では過去最高を記録した。財政部では年間の黒字総額は百七十三億ドルに達し、一九八八年以来の最高水準になると予測している。

 十一月の輸出額は百十九億二千万ドルで、前月比一七・一%増加し、輸入額は九十三億四千万ドルで、同一七・五%の増加となった。このうち輸出が大幅に増加したのはとくに中国への輸出が増加したためで、旧正月(来年二月一日)前という時期的なものも関係していると財政部では見ている。輸出は中国以外にも欧米、韓国がそろって一九%増と大幅に伸びた。一方、輸入では日本、中国、韓国が二〇%以上、とくにベトナムは六〇%以上も増加した。製品別では電子製品、光学精密機器などが多く輸出され、一方輸入では農工業製品の原料と消費生活品が中心となっている。

 《台北『青年日報』12月10日》

「南島民族首長会議」開催  
南島民族宣言を採択

 世界で南島語文化をもつ国の代表が集まり、第一回「南島民族首長会議」が十二月九日、十日の二日間、台北で開催された。 オーストラリア、フィジー、インドネシア、マレーシア、パラオ、フィリピンなど十二カ国から南島民族の二十八人の代表と台湾の六十人の先住民代表、国内の民俗学専門家ら合わせて二百人以上が参加した。

 会議は、南島語文化をもつ各民族が相互交流を通して互いの認識を深め、南島民族同士が協力し合う体制づくりを目指して開かれ、「南島民族宣言」が採択された。宣言では(一)新世代の教育を重視し、南島の伝統文化の研究と伝承に務める。(二)相互の多元的文化の価値を尊重し、異なる言語、生活方式を維持する。(三)人類と大自然との関係を見直す。(四)相互交流を促進し、協力関係を強化する。(五)組織を通して南島民族の永続的な発展をはかる、などとなっている。

《台北『中国時報』12月11日》

台日は包括的経済連携を  
東亜経済会議が報告

 台湾と日本の民間企業の代表が集まり経済問題などについて話し合う第30回「東亜経済人会議」が十二月十日、東京都内のホテルで開催され、この一年間検討してきた台日FTA締結の可能性について報告し、今後台日双方が締結に向けて広範囲の研究体制を整備していくことなどを確認した。

 報告では(一)台日FTAは双方の経済関係を発展させるのみならず東アジア経済を促進させる活力となるものであり、締結は東アジアにおける経済連携を視野に入れて推進する。(二)台日経済のさらなる発展には、関税・非課税障害の撤廃、投資の自由化と基準、認証の相互承認、知的財産権の保護の問題など全面的に解決する必要がある。(三)今後台日双方の関連業界と経済界がFTA締結に向けて積極的に環境を整備していく、などが指摘された。

 次回31回会議は、来年適当な時期に台湾で開催される。

《台北『自由時報』12月11日》


台湾への理解呼びかける  
許亜東関係協会長が講演

 許水徳・亜東関係協会長は十二月十二日、日本の「マスコミ総合研究所」の招きで東京で講演し、今年の台日断交三十年を受けて「台日関係の展望」をテーマに語った。

 このなかで許会長は「台湾の政治の民主化と経済力はすでに国際社会で無視できないものとなっており、日本はこの事実をもっと重視すべきだ」と指摘し、「日本が台湾に対する政策を見直し、世界貿易機関(WTO)とアジア太平洋経済協力会議(APEC)の枠組みのなかで欧米と同様に台湾にも閣僚を派遣し、双方の交流レベルを引き上げるべきだ」と強調した。さらに「台湾はアジア太平洋地域にとって戦略的に重要な位置にあるだけでなく、日本のシーレーンの生命線の中心でもある。安全保障について両国が密接な関係を維持し、民主と自由の価値観を共有し、アジア太平洋地域の安全と繁栄のためにさらなる協力が必要だ」と述べた。

《東京『中央社』12月12日》


台北・高雄選挙から見る総統選挙の行方

『工商時報』(12月9日)  

 台北・高雄市長および市議会議員選挙は、与野党による激戦の末幕を閉じた。「北は国民党、南は民進党」という台湾政治の縮図に大きな変化はなかったものの、両陣営の形勢を見ると、陳水扁総統就任以来上昇し続けてきた民進党の勢いは明らかに停滞し、その一方で野党陣営は落ち込んだ形勢を盛り返した。今回の選挙結果は言うまでもなく、両陣営にとって二〇〇四年の総統選挙に向けた決戦の幕開けとなった。

 経済不振が続き政府への不信感が高まりつつあるなかで、高雄市で勝利し、台北市でもひととおりの票を確保したことは、民進党の危機をまずは一段落させたと捉えることができるだろう。しかし裏を返せば、政権樹立以来、常に上昇気運に乗り拡大の一途を辿って来た民進党の勢いに衰えが見え始めたことは確かである。今回の選挙結果では、このことがはっきりと票に表れた。

 台北市では国民党の馬英九氏が圧勝し、民進党の李応元候補は約三六%の得票率を何とかもぎとったが、前回陳水扁氏が得た票数から二十万票も減らす結果となった。さらに市議会議員選挙では民進党の得票率は三割を切り、野党側が三分の二の議席を占め圧倒的優勢となり、台北市での民進党の劣勢はより顕著となった。高雄市では、四年間堅実な施政で支持されてきた民進党の謝長廷氏が楽勝する見込みであったのが、結局国民党の黄俊英氏に僅か二万票差で辛勝となり、しかも得票数は前回の選挙より減少した。

 陳水扁民進党主席は選挙終了後、「台北市長選挙の結果は国民の警告と鞭撻を反映している」と表明した。事実、今回の選挙は民進党にとって厳しい結果となった。高雄市の勝利にしても、候補者の努力や陳総統の強い支持があったからだけでなく、言ってみれば国民の期待の反映とも捉えることができる。つまり政局が再度覆されることを避けようとする国民の理性が働いた結果であり、これは陳政権に対し再び与えられたチャンスだと言えよう。われわれは政府がこの結果を真摯に受け止め、経済振興の推進に尽力することを強く願うものである。

 一方、野党が今回勢いを盛り返した背景には、次のことが挙げられよう。第一に、台北では馬氏の個人的人気が野党を団結させ票を集中させたこと、第二に、高雄市で野党支持の選挙民が自主的にまとまり、黄氏を絶対有利とされていた謝氏とほぼ互角に戦わせるに至ったことである。

 総統選挙は、すでに一年三カ月後に迫った。野党陣営が迅速かつ的確に連合し、統一候補をたてて陳総統と対決させたならば、政権交替の可能性もないとは言えまい。野党サイドでの連戦・宋楚瑜連合はもとから難しく、また圧倒的人気の若手スーパースター・馬英九氏について言えば、その政治的吸引力はすでに先輩政治家を凌ぐ勢いで、こうした新勢力は野党連合の難易度を高める要因ともなっている。今回の高雄市長選挙で見られたように、支持者側からの団結を待っていたのでは、現職と戦う好機を逸することになるだろう。野党側が陳総統に対抗し現政権を覆そうとするならば、個々の野心と欲を捨て、民意に沿って最も勝算の高い総統候補者を選出することがカギとなる。時間はもうわずかしか残されていない。野党陣営が迅速に連合できるかどうかを、国民は今後とも注意深く観察していくだろう。

経済振興と改革こそが本来の急務
『自由時報』(12月9日)  

 台北市と高雄市の市長、市議会議員選挙が終わり、与野党両陣営では早くも再来年の総統選挙へ向けて、攻防戦が始まりつつある。関係筋によれば、民進党は近く「二〇〇四年総統大選連任之道計画」を提出し、また国民党は「二〇〇四年人民幸福工程」を打ち出して政権奪回のための連合体制を整えるべく画策中だ。今回の選挙はかなりの熱戦となったが、二〇〇四年の総統選挙もまた、空前の盛り上がりを見せることだろう。

 今回、台北市長選挙では国民党の馬英九候補が大勝し、対する李応元候補は初めての参選とはいえ、その得票数は陳水扁氏の過去二回の市長選挙での成績に遠く及ばなかった。高雄市長選挙では民進党が辛勝したが、総体的に見て与党の勢いに陰りが見えたことは認めざるを得ない。民進党党首の陳水扁総統は「台北市長選挙の結果は国民の警告と鞭撻を反映しており、今後『経済第一』、『構造改革』という二つの仕事に改めて全力投球し、国民の支持と信頼を取り戻したい」と表明している。陳総統の指摘は、まさに今回の選挙結果の主要な要因であり、再来年の総統選挙に勝つカギと言える。

 この二年、世界的不況は台湾経済にも影を落とし、国内産業は振るわず、昨二〇〇一年の経済成長率はマイナスとなった。今年に入り多少の盛り返しを見せてはいるが、失業率は依然五%と高く、国民の生活にも影響を与えている。今回の選挙では、経済不振と改革の頓挫に対する国民の不満が顕著に映し出されたと言える。こうした状況が今後とも改善できなければ、再来年の総統選挙に影響することは間違いなく、与党は厳しい戦いを強いられることとなるだろう。今こそ与党は全力で経済振興を推進し、改革に心血を注ぎ、国民に対し結果を出さねばならない。総統選挙に向けて、陳総統がこれまでに打ち出した「投資の台湾優先」、「産業振興兆元計画」などの政策を積極的に推進していかなければ、野党が再び政権交代劇を演じる可能性も否定できなくなる。さらに、これらの政策を進める際、政府は経済振興のための正しい判断をしなければならない。もし「経済第一」の方向を見誤ったならば、国内産業はいっそう落ち込み、資本流出は加速し、改革推進も国民の支持を得ることもできなくなることは、よく肝に銘じておくべきである。

 一方これは野党にとっても同様の課題だ。高雄市長選挙で野党勢力が団結したにも関わらず勝利を逃したのは、具体的な政策を打ち出せなかったことが要因だった。台湾を優先し、経済振興を追求する民意に応えなければ国民の支持は得られないということは、選挙結果が証明している。対中投資を無制限に奨励し三通実現を唱えるだけでは、台湾にとって何のメリットもないことを、野党はよく認識しなければならない。

 「経済第一」と「構造改革」は台湾二千三百万人民の切なる願いである。われわれはこの二つの目標を政策として掲げる与党が、一日も早く経済復興を果たし、台湾人民がより良く暮らせる国づくりを実現するよう強く期待する。来たる総統選挙の勝利は、誰と誰が連合するかが重要なのではなく、二つの課題に如何に取り組み、国民の評価を得られるかにかかっているのだ。国民にとって真の選挙とは、政治家のパフォーマンスを見ることではなく、実質的問題を解決し、自分の国と生活を豊かにするための手段なのである。

 総統選挙の行方をここで推測するのは時期尚早である。しかし民意を把握し台湾の経済振興と改革促進に全力投球する人物が選出されることは必然であり、このために与野党が有意義な戦いをしてこそ、台湾の長期的安定と繁栄が実現できるのである。

李登輝氏の「奥の細道」散策実現を
  「日本李登輝友の会」が東京で設立大会
 
 ●会設立までの経緯

 日本政府が李登輝氏へのビザ発給に依然として躊躇していることは非常に歯痒く、怒りよりも情けないものを感じる。こうした日本政府の姿勢を危惧する人々のあいだで是正の声が高まり、東京のホテルで十二月十五日、「日本李登輝友の会」の設立大会が挙行された。大会は予定を越えおよそ千二百人が集まり、熱気に満ちたものとなった。

 本会の設立経過については、当初から設立準備会事務局の総窓口として尽力し、また本大会においても議長の大役をつとめた「台湾研究フォーラム」代表の柚原正敬氏が要旨次のように説明した。

「昨年の夏から会結成の動きがあった。具体的には、今年の夏に黄文雄氏(拓殖大学客員教授)と林建良氏(医師)が台北に赴き、李登輝氏に直接面談するとともに承諾を得た。次に石井公一郎氏、小田村四郎氏、黄文雄氏、田久保忠衛氏、林建良氏の名によって呼びかけ人を募ったところ百十人が集まり、これを発起人とし、十二月八日現在には四百四十五名を数えるに至った。

 台湾では世代交代が進んで親日系が少なくなり、日本でも台湾を知る世代がきわめて少なくなってきたように思える。台湾は日本にとって安全保障上の問題もあり、日本と台湾がこれまでの交流をいっそう強化するためには、こうした会が必要なのではないかという認識の下に、本会は設立に至った」

 このように「日本李登輝友の会」は、単に李登輝氏の訪日実現のみを目的としたものではなく、全般的な日台の関係強化を視野においたものであり、当日採択された会則にも、「目的」を「李登輝氏の日台運命共同体理念に賛同し、文化交流を主とした新しい日台関係を構築する」と明記している。

 なお、友の会設立趣意書は次の通りである。


 昨平成十三年(二〇〇一年)四月、日本と台湾の関係を象徴する事件が起きました。台湾の李登輝前総統の来日です。この来日問題では査証発給を巡って、日本政府が、台湾への武力攻撃を辞さないと公言している中国(中華人民共和国)に配慮してビザ申請を受理しなかったという不誠実な対応が明らかとなりました。

 これに対し、日本の立場に配慮を重ねてきた李登輝氏自身が日本の姑息な措置に激怒されたのも当然でした。結果的に査証が発給されたのは、心臓病の治療という人道的な観点からでしたが、日台の心ある人々の支援があったからであり、また、日本政府が万一発給を拒否した場合、独立国としての権威とともに世界の物笑いになることに気づいたからというのが衆目の一致するところです。李登輝氏はよく「現代の偉人」、「哲人政治家」と讃えられますが、この経緯にはその片鱗を垣間見ることができます。また、台湾の民主化と本土化を推進する精神的指導者として仰がれ、「台湾の父」とも称される李登輝氏が、日本と台湾の絆を象徴するかけがえのない存在であることを証していたのではないでしょうか。李登輝氏が日本へ寄せる期待には並々ならぬものがあります。

 国の衰退は外憂より内患によることが多いのは歴史の教えるところです。先の査証発給問題のような事件を日本で起こさせないようにし、また、日本と台湾がこれまで続けてきた豊かな民間交流を先細りさせないため、台湾側関係者からの希望もあり、ここに有志が相集い、日台親善を象徴する李登輝氏の名前を冠した「日本李登輝友の会」を設立し、全国活動の母体としての役割を担っていくことといたしました。

 因に、台湾では日本語世代の高齢化が進み、世界一の親日国も徐々にその様相を変え、反日教育を受けた世代が台湾社会の中枢を占めつつあります。そこで、日本留学経験者や知日家などが大同団結して、民間の力で台湾と日本の交流を進めることなどを目的とした組織が発足しようとしています。

 本会はこのような台湾の情勢も視野に入れ、設立趣旨の下、日本と台湾の豊かな交流を検討し、左に掲げる諸活動を鋭意実践してまいります。多くの国民の皆様のご理解とご支援を期待申し上げる次第です。

一、文化交流を主とした日台関係を 構築するため、日本と台湾の交流の歴史を振り返って問題点を明らかにし、その是正に向けた提言を機関誌や講演活動などを通じて発表する。

二、李登輝前総統の来日を関係各所に働きかけ、念願の「奥の細道」散策を実現する。

三、この目的を達成するため、全国に支部を設けるとともに、本会の趣旨に賛同する日台の友好団体、国会議員、地方議員との協力関係を結び、新日台関係の構築に必要なあらゆる活動を積極的に展開する。

 ●「日本外交史の汚点」

 趣意書が読み上げられ、会場がますます熱気に包まれ万雷の拍手のなかに、次の人事が選出された

 会 長 阿川 弘之(作家)

 副会長 石井公一郎(元ブリヂストンサイクル社長)
  同  岡崎 久彦(博報堂特別顧問)
  同  小田村四郎(拓殖大学総長)
  同  田久保忠衛(杏林大学教授)
  同  中西 輝政(京都大学教授)

 阿川弘之氏は会長就任挨拶として、謙遜とユーモアあふれるなかに、次のように述べた。

〇   〇   〇

 本日はかくも大勢の方々が各界よりお越しいただきありがとうございます。私自身、会長などとは不適任だと思っております。なぜかと申しますと、李登輝先生にお目にかかったことは一回しかなく、その者が友だちを名乗るのはおこがましいし、しかもそれが「友の会」のトップに立つなどいかがなものかと思うからです。発起人には喜んでなりますが、代表とか会長などはご勘弁願いたいと極力辞退いたしたのですが、いろいろな経緯があり、どうしても引き受けろということでこういう立場になりました。いろいろな経緯というのを一言でいえば、要するに李登輝先生を敬愛する皆さん方大勢のなかで、私が一番年寄りに近いということで、しかもそれほどボケてもいないようだからということです。自慢にはなりませんが、私は李登輝先生より三年前の大正九年生まれです。いわば亀の甲より年の功ということで、分不相応な役目をお引き受けいたしました次第であります。

 李登輝先生にはお目にかかる機会を得る前から、非常に深い尊敬の念と敬愛の情を抱いていたことは事実であります。総統に就任されてよりしばらくして昭和天皇陛下がお隠れになりましたが、そのとき世界の元首級のステーツマンのなかで、李登輝先生ほど深甚な真心のこもった哀悼の意を表された方は他にいなかったと記憶いたしております。これだけでも私は、それを聞いたとき涙が出てきた次第であります。これだけが理由ではなく、台湾の民主化と繁栄を見事に成し遂げられた方、そして日本に非常に深い理解と愛情を持っていて下さる方、そのお方が総統の地位を離れて幾日にもなり、日本に行って好きなお能が見たい、以前から念願であった〃奥の細道〃を歩いてみたいというご希望に対して、日本政府がそっぽを向いて査証も出さない。これは三百年、五百年にわたる日本外交史の汚点として残るものだと思わざるを得ません。

 私はなんの政治的な力もありませんし、国際外交史あるいは日台交流史についても、それほど深い研究をしているわけでも、知識があるわけでもございません。年の功さえ数えなければ、副会長や理事さんたちのなかに、私などよりはるかに識見の優れた適任者がおられます。私といたしましては、それら副会長や理事の方々のお力添えを得て、飾り物となるかもしれませんが会長の役を果たして行きたいと思っております。どうか皆様のご協力とご批判を賜りたく願っております。以上をもちまして不適任会長の就任の挨拶とさせていただきます。

 ●期待される今後の日台関係

 このあと、台湾よりこの会のために駆けつけた「台湾李登輝友の会」全国総会長の黄崑虎氏が次のように祝辞を述べた。

〇   〇   〇

 本日、このような盛大な「日本李登輝友の会」設立大会にお招きいただき、本当に嬉しく光栄に存じております。一国の前総統が外国の各界の方々にかくも尊敬され、かように盛大な大会を催して下さいましたことは、本当に台湾全人民にとりましても、感動と感激に耐えないものがあります。私どもの誇りに感ずるところでもあります。

 李総統は十五年前、一九八八年に当時の蒋経国総統から政権を継承し、その後の十二年間において、台湾にとってはまことに野心的な大改革を行いました。まず国家建設に大投資をし、国際関係を広めるために各国との関係を密接にし、外国の高級官僚やエリートたちを台湾に招き、台湾の国際的地位を高めました。また従来型産業の技術を修正し、また新技術者を養成し、台湾を世界的なハイテク国家に押し上げました。国民一人当たり所得も八千ドルから一万五千ドルにまで上昇し、国民の生活も大いに改善されました。

 それらよりも今日最も称賛され、尊敬されているのは、政治改革の完遂、つまり民主改革の成功、それに精神面における改革であります。国民党政権は、大陸時代も合わせ百年近くも続きました。それを暴動も起こさず一滴の血も流さず、野党であった民進党に堂々と政権を移行させたのです。これは二年あまり前、世界から注目され、まことに絶大な受けたものでした。しかもわれわれ国民に、「あなた方人民こそが国家の主人である」との観念を広めてくれました。さらに大事なことは、「台湾は台湾として世界の一部であり、世界のいかなる国家にも属さない」と、台湾の国家的地位を世界に宣言したことであります。われわれ国民に「みずから国家というものを認識し、国家意識を高め、台湾人としての価値観、台湾人としての尊厳を保たなければならない」と主張されました。台湾の市民社会の構成は少々複雑であり、これに対しては「慈悲と寛容をもって、台湾に住むすべての人々が、個々の出身を問わず、全員が共同一体となって新しい台湾を築こう」と、私たちにアピールいたしました。

 私は今日、心より李前総統を「台湾の父」、「台湾の民主の父」として敬愛しております。さらに李前総統は心より日本との関係を重視しております。さらにまた、特別に深い感情を持っております。したがって日本の各界、各分野の方々と多くの緊密な関係を築きました。本日ご列席の皆様のなかにも、李前総統と会見された方が多いのではないかと存じます。李前総統と直接会われ、その人物となりを理解し、親しみを持たれ、尊敬の念も抱かれたものと確信しております。

 一つの国の中で、かくも多くの李登輝さんに関する出版物が出され、またマスコミで報道されていることは、おそらく他に例を見ないのではないかと思います。また李登輝さんは多くの先人、たとえば新渡戸稲造、八田與一、西田幾太郎、司馬良太郎といった方々を強く称賛し、それらの信念を心の糧としております。さらに李登輝さんは、日本精神、武士道の覚醒を常に日本の方々に呼びかけております。その上で新しい日本の国造りを期待しているわけであります。それが今日の日本にとって、最も大事なことではないかと呼びかけているのであります。

 今日、世界は経済低迷に国際テロが重なり、将来に不安をそれぞれが感じております。だからこそ多くの方々が国を問わず、李登輝さんの精神と理念をもって、ここに「李登輝友の会」が設立されましたことに、私は特別の意義を感じます。これからは、この会の活動を通じて、両国の交流と親善関係がいっそう深められることを期待してやみません。

 ●「台湾精神と日本精神」

 会場の前面には大画面二台が設置され、東京の会場と台北とがインターネットによってつながれていた。一連の式次第のあと、李登輝前総統による「台湾精神と日本精神」と題する記念講演が、臨場感あふれるなかに行われた。その前に、「台北李登輝友の会」会長の蔡焜燦氏が李登輝前総統の紹介を兼ね、参会者に向かって「本日の日本における『李登輝友の会』の設立は、日台両国のこれからの交流に対して、大きな意義があるものと確信しております。李登輝先生は総統を辞されてからも、日本と台湾の友好と友誼増進に努力されております。今年は日台断交三十年になりますが、本会の設立は二〇〇三年からの日台関係に大きく貢献するものと思っております」と挨拶の言葉を述べた。さらに李前総統が「もし私に訪日が許されるなら、〃奥の細道〃を散策して日本の心に触れたい」と常々話していることも紹介した。

 このあと画面に李登輝総統が登壇し、参会者への挨拶とともに、「台湾精神と日本精神」の講演が始まったが、それは新渡戸稲造の武士道の精神を中心にして語られ、今日の日本にこの精神への再認識を求めるものであり、会場に大きな感銘を与えた。さらに「台湾精神」の特質を述べ、聴衆を強く引き付けた。

 なお、この講演内容は今回は紙面都合により割愛させていただき、後日蔡焜燦氏の言葉とともに、全文を本誌誌上において紹介したい。

 ●やがて日本へ行く日が

 記念講演のあと、阿川弘之会長、小田村四郎副会長と李登輝前総統との対談がインターネットによって行われた。

 このなかで阿川会長は「日本人がかつて李登輝先生のお役に立つような協力なり、文化の影響をお与えしたとするなら、今度は李登輝先生をはじめ、日本の古きよきものを蓄えていらっしゃる台湾の方々から、われわれが教わり育ててもらう時期が来ているのではないかと思う」との感想を述べた。

 また小田村副会長は「李登輝先生の成し遂げられた改革は、日本の明治維新にも匹敵するものと認識している」と語った。また「台湾の人々は大陸の文化の支配下にあっても、なお台湾の心を失わなかった」ことを、李前総統の講演によって理解できたことを明らかにした。また「正規の国交が断絶してからのほうが、民間の交流は緊密になってきたのではないかとの感じも持っている」との思いも披瀝した。さらに李前総統の〃奥の細道〃散策を是非とも実現したいとの決意を表明した。

 これらに対し李前総統は「台湾と日本の諸関係は、おそらく将来は文化的、政治的な連携を高めることによってますます強い関係を持つことができる」との見通しを述べ、とくに文化的な両国の結び付きの重要性を強調した。さらに〃奥の細道〃散策の時期については、「すぐにとは考えていない。いつの日にか歩こうと、ゆっくり固めてからのことにしたい」と表明した。  
  (完)


来来台湾 

 集集の観光客月平均十三万人

 三年前の中部大地震の震源地で壊滅的な被害を受けた集集の町は、その後政府による復興作業と町民あげての町の再生への取り組みが功を奏し、活気あふれる町として立派に再生した。現在集集を訪れる観光客は以前より増して、その数は月平均十三万人にのぼっている。

 大地震で建物が倒壊の危機にさらされた集集駅の駅舎は、住民の強い要望のもとに日本統治時代からの総ヒノキ造りの面影そのままに修復され、現在も町のランドマークとしてまた住民の精神的なシンボルともなっている。集集の町はこの駅を中心に商業圏を形成し、駅前の民生路と集集街、市前街に飲食店、花屋、土産物屋、工芸品店などが並んでいる。 

 集集の町が他の地域より早く復興できたのは、住民が大地震を「町の再生のチャンス」ととらえ、観光やレジャー、その他さまざまな業種の産業を地域に投入したからである。

 駅前に「火車頭集集原味厨房」の看板を掲げる食堂は、地元集集の文化や歴史資料を収集している劉松青さんが開いたものだ。劉さんは十数年間郷土について調査をおこなってきたなかで、集集の伝統的な郷土料理の多くがすでに失われていることに気付き、昔ながらの料理を求めてあちこち訪ね歩いた。そこで聞き書きしたものや、実際に試食して材料や調理法をメモするなどし、それらを一つひとつ再現する試みをおこない、これが食堂を開くきっかけとなった。食堂はいま町の活性化に大きな役割を果たしている。劉さんは集集の町のガイドも務めており、町の魅力を知ってもらおうと、みずから考案した観光パック「集集歓楽旅遊包」を打ち出している。集集の観光名所を訪ねるスケジュールが組まれており、このなかにレンタサイクル代、昼食代、アフタヌーンティー代も含まれて、四百九十九元(約二千円)で販売している。

 このほか、梅の加工品やお菓子などを販売している「天御梅荘」の李滄揚さん夫婦は、大地震とその後の大型台風でも大きな被害を受けたが、いまではそれらの困難を乗り越え、店先には連日多くの観光客で賑わっている。

 《台北『民生報』12月6日》


台湾民俗村がリニューアルオープン 

 彰化県花壇郷にある「台湾民俗村」がこのほどリニューアルオープンした。

 五十四ヘクタールもの敷地内には築三百年を誇る伝統的な造りの建築と庭園が広がり、台湾の歴史と文化が色濃く残っている。台湾を訪れる観光客の人気スポットの上位に常にランキングされてきたが、三年前の中部大地震以降客足が大幅に減り、閉園の危機に陥った。しかし、内外から閉園を惜しむ声が強まり、長い間経営の立て直しが検討され、見事にリニューアルオープンまでこぎつけた。

 園内には台湾のさまざまな屋台料理を味わえるストリートや民芸品や特産品を販売する店のほか、ホテルも備わっている。この「嘯月山荘」も今回のリニューアルにより設備がさらに充実した。

 入場料はリニューアルオープンを記念して、これまでの六百三十元(約二千五百円)から三百五十元(約千四百円)に大幅に値下げされた。

《台北『民生報』12月5日》


北投文物館の古跡部分が完成 

 台北市にある「北投文物館」のうち、古跡に指定されている建物の改修工事がこのほど完成し、十二月一日に一般市民に公開された。

 日本式の建物のそれは、北投文物館の民芸品販売店として使われていたもので、約八百万元(約三千二百万円)をかけて、屋根の黒瓦の三分の二と、杉の木の床板をすべて新しく取り替え、ヒノキの柱は半分新しいものと継ぎ合わせ、二十六カ所の雨戸と戸袋もできるだけ原形のまま修復された。

 完成した建物には四つの畳の部屋に床の間が設けられ、各部屋の障子戸の紙は日本統治時代に技術を教わったという今年七十八才になる国宝級匠の曾煥海さんが張り替えた。

 今後同建物は休憩場所として市民開放される予定だ。

 《台北『聯合報』12月2日》


浅井忠画伯作品が台北市美術館の所蔵に
金庫にあった「湯島聖堂大成殿」日の目を見る

 日本統治時代に創立され百八年の歴史をもつ台北の士林小学校に創立当時から所蔵されてきた明治時代の著明画家、浅井忠氏の「湯島聖堂大成殿」の作品が、保管の安全性や作品の保存環境などからこれ以上校内に所蔵しておくのは困難だとして、台北市立美術館に送られ保管された。

 この「湯島聖堂大成殿」の絵は額縁を入れて縦が二メートル半、横が四メートルあり、一八九四年に士林小学校の前身である「芝山岩学堂」、後の「八芝蘭公学校」を創設した伊沢修二氏と親交の深かった浅井忠画伯が、学校創立の祝いに伊沢氏に贈ったものとされる。絵は伊沢氏が同校退官後もそのまま残され、光復後も日本に持ち帰られることなくずっと学校の宝として所蔵されてきた。

 一九八〇年ごろ、浅井画伯の子孫から学校に対し、教室とホールの建設費をまかなう代わりにこの絵を返却してもらいたいとの申し出がなされたが、学校側がこれに同意せず、その後九七年~九八年に、京都の現代美術館が浅井忠画伯没後九十周年記念作品展を開催するため、この絵を貸して欲しいと申し出たため、学校側が日本に対し高額の保険と保証人をつけること、さらに作品の剥げ落ちている部分は日本側で修復をおこなうことを条件に貸し出し、数カ月後に学校に戻された。

 この絵の存在が八〇年代に国内のメディアで紹介されるや、その直後に学校に空き巣が入り、幸い絵は盗まれなかったものの、学校側は安全を考慮してこの絵を金庫に保管し、長い間日の目をみないままとなっていた。しかし、庫内の環境が絵の保存には好ましくないことや、人々が鑑賞する機会を得ないままでは宝の持ち腐れだとする意見が出され、学校側で検討していたところ、このことを知った台北市が「この絵は市の財産であり、別の場所に持ち出してはならない」と表明し、その日のうちに市立美術館に送られ保管された。台北市では絵の鑑定をおこなったあと、機会をみて市民に公開したいと話している。

《台北『聯合報』12月10日》

「台北資訊月展」連日賑わう

 十一月三十日から十二月八日まで台北市の世界貿易センターでコンピュータなど情報機器とその関連製品を集めた「台北資訊月展」が開催された。会場ではノートパソコンやデジタルカメラ、ゲームソフトなどが市価より安値で販売され、九日間の期間中、七十二万人が会場を訪れ、販売総額は昨年の一・五倍に達した。

 不景気のなか、各メーカーともある程度値下げして販売を伸ばしていたなかで、IBMがノートブックパソコンの価格をさらに底値で販売し、これがきっかけで激しい値引き競争が繰り広げられた。ノートパソコンはどのメーカーも平均三千~五千台を販売し、なかでもIBMはパソコン全体で一万台以上を販売し、約六億元(約二十四億円)の業績をあげた。また、ヒューレットパッカードもプリンターで約四億元(約十六億円)の売り上げを記録した。

 また、デジタルカメラも全体で一万台以上が販売され、とくに四百万画素の機種に人気が集まった。液晶モニターは十七インチと十五インチを中心に、一日平均一千五百台が販売され、パソコンソフトではウイルス感染を予防するソフトが七千個売れた。ゲームソフトはオンラインゲームが中心で、大宇資訊は昨年の二倍に当たる五百万元(約二千万円)の売り上げを記録した。

《台北『聯合報』12月9日》

亀山島の豊かな海洋資源
海洋生物と活火山を育む島

●サンゴと魚たちの宝庫 

 東北角海岸国家風景区管理処(以下、風管処)による亀山島海域の調査で、現時点で八十七種の珊瑚と九十九種の魚類が確認され、その豊かな海洋資源が改めて明らかになった。

 台湾北部の宜蘭沖合いに位置する亀山島は、その名の通り亀の形そっくりな島で、台湾で唯一の水面に露出した活火山島だ。

 風管処では亀山島海域の生物を調査するため、海洋大学の黄将修教授に委託し、この海域にミドリイシ属、コトゲキクメイシ属などを含む八十七種の珊瑚と、スズメダイ科、ベラ科をはじめとする九十九種の回遊魚および珊瑚礁魚の生息を確認した。また亀山島海域は台湾の三大漁場の一つでもあり、イカ、マダイ、アマダイ、トビウオ、サバなどの水揚げ量は格段に多い。同処では「亀山島の海にはこのほかにもウニや巻貝、カニなど多種類の海底生物がいる。この美しい海を大切にしてほしい」と、自然保護を呼びかけている。

《台北『中国時報』12月3日》

●海底火山の噴出口発見 

 亀山島の海ではまた、海底火山の熱循環により形成された不思議な奇岩が発見されている。

 観光地として開放されて二年、この島に訪れた人々は、島の亀の首部分の海面が乳白色に染まり、無数の泡が立ち上っている珍しい光景に出会ったはずである。今年八月、台湾と日本、フランスの地球科学員が日本海洋科学技術センターの潜水艦で調査をおこなった際、島の海底にいくつもの熱噴出口が発見された。これは地中にある熱源によってできた火山現象の一つで、熱噴出口には噴き出した硫黄が堆積し、小高い丘のような奇岩が形成されている。岩の高さはさまざまで、一メートル~十メートルにも及び周囲の海水は百七十度に達しているが、岩にはエビ、カニやハマグリなどが固まって生息している。噴出口の活動期間はおよそ二百年から五百年と推定されるが、奇妙なことに高温、強酸の環境で生息しているこれらの生物は、活動を停止した岩の周囲にはまったく見られなかったという。こうした生命動力現象に学者たちは、「地球誕生期の環境と類似しており、生命起源の秘密を探るための手がかりとなる」と述べる。

 風管処から調査を委託された海洋大学の李昭興教授は「亀山島海域には深さ二十~八十メートルの海底熱泉が少なくとも五十カ所以上あり、その多くが島の亀の首部分に集中している」と語っている。

 世界の海でも珍しい海底火山の発見は、海域地質と生態資源研究への理解を深めるとともに、地震予知資料としての活用も期待されている。

《台北『中国時報』12月3日》

お知らせ

台湾の駅弁が百貨店で販売

 鉄道の旅に欠かせない駅弁。現在台北駅で限定販売されている「懐舊便當」(懐かしの弁当/現地価格三百元=約千二百円)が、京王百貨店・新宿店が主催する「第38回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」で紹介、販売されます。

 台湾で一九七〇年代に高級弁当として車内販売された「排骨菜飯便當」を、台湾鉄路管理局が昨年六月の鉄道祭を記念してふたたび販売し、大変好評だったお弁当です。干しエビ入りの炊き込みご飯と、豚肉の骨付き肉を揚げて煮込んだもの(催しでは骨を外して調理)、魯蛋(煮卵)が入って、千四百五十円で販売されます。復刻印入りの蓋付きの記念容器に入っています。

日 時 1月9日(木)~22日(水)
(16日(木)は定休日。最終日は午後6時閉場) 

会 場・問合せ 京王百貨店新宿店7階大催場
(Tel:03-3342-2111)


春 夏 秋 冬 

 その人は明治19年、石川県河北郡今町村、現在の金沢市今町に生まれた。李登輝前総統が直接日本の青年に語りたかった八田與一氏である。産経新聞(11月19日付)にその全文が掲載されたとき、各方面から感動の声が聞かれ、本誌先週号でもこれを転載した。

 東京帝大の学生だったとき、八田青年は人を得た。広井教授や青山先輩である。広井勇は札幌農学校でクラーク博士の薫陶を受け、ミシシッピー川の治水工事や鉄橋架橋の実地研究に参加し、学生には「橋を架けるなら、人が安心して渡れる橋を造れ」と教えていた。その学生で八田青年より八年先輩の青山士(あきら)は「自分は生涯にひとつでいいから、人類のためになる仕事をしてから死にたい」と、大学卒業と同時に、パナマ運河の開削工事に加わった。

 八田青年は思った。「広井教授や青山先輩のように、自分を生かせる土地へ行ってみたい。存分に仕事ができる土地であればどこでもよい。まず行くことだ」と。帝大を卒業し選んだ仕事は台湾総督府技手であった。渡った。明治44年のことである。台南市上水道をはじめ、台湾各地で発電、潅漑工事を担当しながら調査旅行にも精力的に出かけ、それはフィリピン、ジャワ、ボルネオ、セレベス、シンガポール、香港、厦門にまで及んだ。嘉南平原の調査に着手し、潅漑事業計画を立てたのは大正7年のことである。工事は進んだ。世界に類を見ない土堰堤の工法に、視察に来たアメリカのダム建設第一人者のジャスチンは、基礎のコンクリート部分が少ないことに「危険すぎる」と罵倒し「成功はおぼつかない」と断定した。土木大先進国であるアメリカ合衆国の権威の指摘に、総督府は動揺した。だが八田技師は「嘉南の地形と地質には土堰堤以外に考えられない」と総督府を説得し、ジャスチンの意見をしりぞけ、設計通りの工事を進めた。完成した嘉南大?(たいしゅう)は、人工を思わせないほどに周囲の自然に溶けこみ、広漠とした嘉南平原を緑の大地に変え、今日なお平原の一部を形成し貴重な水を供給しつづけている。

 昭和17年5月、八田技師は国家的要望により、南方開発派遣要員としてフィリピンに赴くため大洋丸に乗船していた。バシー海峡で米潜水艦の魚雷を受けた。享年56歳であった。昭和20年8月終戦。翌9月、外代樹(とよき)夫人は土堰堤の放水口に身を投じた。ご夫妻の追悼式は、今なお土地の人々によって毎年おこなわれている。国境を越えた、人としての息吹と交わりがそこに感じられる。   
  (K)