台湾週報2134号(2004.3.11)
鳥インフルエンザへの台湾の対処
厳格な監視体制と予防措置で安全確保
アジアにおける鳥インフルエンザの脅威は依然として続いているが、台湾では懸念されている高病原性鳥インフルエンザは発見されておらず、低病原性鳥インフルエンザについても、厳格な監視体制と予防措置により、安全を確保している。また中央政府も地方自治体も風評被害を防ぐため、鶏肉食品衛生に関するさまざまなイベントを行い、市民への啓蒙活動を行っている。以下は台湾の鳥インフルエンザの現状説明である。
一、 鳥インフルエンザとは
(一)鳥類に感染するインフルエンザを鳥インフルエンザ(avian influenza)と呼称する。これはウイルス(virus)感染によるもので、高病原性鳥インフルエンザ(Highly pathogenic avian influenza=HPAI)と低病原性(Low Pathogenic Avian Influenza=LPAI)に分類できる。大部分の鳥インフルエンザのウイルス分離株は低病原性に属し、現在、世界各地で発見されている強毒株はすべてH5型あるいはH7の亜型であるが、H5型あるいはH7型の分離株のほとんどが弱毒株に属するものである。
(二)鳥インフルエンザウイルスはその表面に、赤血球凝集素ヘマグルチニン(hemagglutinin=H)およびノイラミニターゼ酵素(neuraminidase=N)という二つの抗原を持っており、H抗原には十五種(H1~H15型)、N抗原には九種(N1~N9型)がある。
(三)その病原性は臨床症状と実験室での診断、分析により確認されなければならない。高病原性鳥インフルエンザはわが国の甲類動物伝染病であり、また世界獣疫事務局(World Organization for Animal Health=OIE)への報告が義務付けられている動物疾病である。これに感染した鶏群の死亡率は一〇〇%に達することが確認されており、香港(一九九七年)、オランダ(二〇〇三年)、ベトナム(二〇〇四年)、タイ(二〇〇四年)でそれぞれ発生したHPAIは、ヒトに感染する可能性が報告されている。
一方、低病原性鳥インフルエンザは、禽鳥類が感染しても軽微な症状をきたすのみで、臨床症状は現れず、香港で発見されたH9N2型以外には、LAPIへのヒトへの感染は認められていない。ただし、ウイルスが鳥類の体内に持続的に存在した場合、突然変異により強毒型の高病原性鳥インフルエンザに変化する場合がある。ウイルスおよびその病原性の判定をおこなうには、OIEの「診断試験とワクチン基準マニュアル」に指定されるウイルス分離、核酸序列分析、雛鳥接種致死指数などの方法によって判定をおこなわなければならない。
二、台湾の鳥インフルエンザに対す る予防措置
(一) 予防措置
台湾は現在、高病原性鳥インフルエンザの「非感染地区」であり、その予防措置は次の通りである。
1.渡り鳥と水・陸鳥の調査:行政院農業委員会(以下、農委会)は一九八六年から鳥インフルエンザの研究に着手し、家禽に対する調査をおこなっている。一九九八年に農委会動植物防疫検疫局(以下、防検局)が設立後は、引き続き養鶏農家に対する調査をおこなうほか、調査対象を渡り鳥にまで広げ、渡り鳥の糞および鶏、鴨、アヒルの血清抗体を調査サンプルとして使用している。二〇〇三年には検査サンプル数は渡り鳥二千百四十五件、養鶏場千四百十九カ所、血清抗体四万三百五十件となっているが、現在までにいかなる高病原性鳥インフルエンザの抗体、ウイルスとも認められていない。
2.低病原性鳥インフルエンザの排除:高病原性鳥インフルエンザへの変異を防止するため、低病原性鳥インフルエンザが検出された養鶏場では、ただちに次の措置をとる。
①移動管理体制、殺処分と清掃、消毒の強化。
②飼育環境の改善規定に合致するまでは、養鶏の再開を認めない。
③周囲半径三キロの鶏舎について、引き続き半年間の調査をおこなう。
3.検疫措置:海外の感染状況により感染地区の禽鳥類および関連産品の輸入禁止を公表し、空港、港湾での検疫、通関を厳格化する。
4.各省庁にまたがる協力体制:「高病原性鳥インフルエンザの予防措置分業」を法制化し、予防作業委員会を設立する。そのメンバーは防疫局、衛生署疾病管理局、海岸巡防局、行政院新聞局、環境保護署、内政部、経済部、財政部、学者専門家および畜産業界などの代表を含む。
5.迅速な検疫:検査状況を早急に把握するため、調査サンプルに対する作業は迅速におこなう。
6.緊急防疫演習:動物防疫、検疫にあたる作業員の予防作業手順を熟練させるため、本年(二〇〇四)一月十九日に屏東で演習をおこなう。
7.密輸取締り:行政院海岸巡防署、財政部関税総局など密輸取締り担当機関による動物および関連産品の密輸取締りを強化する。
8.感染状況の透明化:報道により、社会に台湾の各項予防措置を知らしめる。
9.宣伝教育:養鶏農家に対する教育訓練を実施し、自衛防疫を促し、社会に予防検疫の重要性を宣伝指導する。
(二)OIEでは、高病原体鳥インフルエンザの事例報告を義務付けており、各国は自国内で発生した低病原性鳥インフルエンザについて、その国の保護基準に基づき、然るべき予防措置を定めなければならない。わが国では、低病原性鳥インフルエンザの高病原性鳥インフルエンザへの変異を防止するため、高い保護レベル、すなわち低病原性鳥インフルエンザに感染した鶏の処理、養鶏場消毒の措置をとる。
三、海外の感染状況
最近、アジア地域でH5N1ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザが発生したのは韓国、日本、ベトナム、タイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、香港および中国の国と地域である。このほか、パキスタンでH7型ウイルス、米国では二月六日以降、デラウェア州(H7型)、ニュージャージー州(H7型)、ペンシルバニア州(H2N2型)でそれぞれLPAIが発見された。
四、台湾における鳥インフルエンザ
調査の現状
(一)養鶏産業は台湾の主要な農業生産品目の一つであり、二〇〇二年の鶏、鴨の生産量はそれぞれ三億七千七百五十二万羽および三億千十二万羽であった。高病原性鳥インフルエンザは現在関心が高まっている禽鳥類の疾病であるが、わが国は現時点でまだ「非感染地域」であり、高病原性鳥インフルエンザの進入を防ぐため、わが国では長期的にこれに対する調査をおこなってきた。一九九七年に香港でH5N1型の高病原性鳥インフルエンザの感染が発見されて以来、わが国では鳥インフルエンザに対する調査範囲を広げ、毎年、台北、宜蘭、台南、嘉義、金門などを含む渡り鳥の棲息地から二千例以上の鳥の糞をサンプルとして収集し、AIウイルスの分離検査を実施している。前述の検査で検出された鳥インフルエンザのウイルス分離株は、すべてOIEが定める標準診断マュアルに沿って病原性の確定診断をおこなったが、検出されたウイルスはすべて低病原性であった。
(二)二〇〇二年および二〇〇三年 に宜蘭、台南の養鴨場でH5N2低病原性ウイルス株が検出されたが、業者により殺処分、消毒措置がとられた。
(三)現在、わが国の養鶏農家は五千九百戸、養鴨農家は千三百戸である。二〇〇四年一月におこなった定例調査で、彰化、嘉義、台南、桃園、苗栗、南投県などの十三カ所の養鶏場および雲林県の養鴨場一カ所において、鳥インフルエンザH5N2型ウイルスが検出されたが、臨床試験でAIの感染症状は発見されず、従来通り殺処分、消毒措置がとられた。
五、高度病原性鳥インフルエンザの人体への影響
一九九七年以来、ヒトへの感染が確認された鳥インフルエンザウイルス分離株はH5N1型、H7N7型とH9N2型のみであり、さらに、すべてのH5N1型ウイルスがヒトに感染するわけではない。最近のアジア地域における感染状況では、韓国、日本、ベトナム、タイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、香港および中国などで発見されたのはすべてH5N1型ウイルスで、世界保健機関(WHO)の資料によれば、このうちタイとベトナムでヒトに感染するH5N1型ウイルスが発見された。二〇〇四年二月十九日までに、合計三十一の事例(このうち二十二例はすでに死亡)が報告されており、タイ九例(七例死亡)、ベトナム二十二例(十五例死亡)となっている。さらに、WHOとOIEでは、これまでに食用鶏肉によって鳥インフルエンザに感染した例はなく、消費者は安心してこれを食用し、過度な心配は必要ないとする声明を何度も発表している。
六、貿易への影響
現在、わが国からの禽鳥類および 関連産品の輸入を暫時停止している国家と地域は日本、香港、シンガポール、ブラジル、ロシア、イラン、チェコ、韓国、ポーランド、スイス、ハイチ、インドネシア、サウジアラビア、フィリピン、マレーシア、パナマ、タイ、パラグアイである。OIEでは高病原性鳥インフルエンザを報告すべき動物疾病に指定しているが、わが国で発見されたのは低病原性H5N2型ウイルスのみで、これはヒトに感染せず、鶏の生産にも大きな影響はない。したがってわが国からの産品輸入を暫時停止する措置は不適切である。防検局はすでに当該国におけるわが国の代表処を通して各国にこのことを明らかにし、意見表明しており、関連産品の再輸出に向けて努力している。
七、国際社会から意見を求める
WHOが発表した「鳥インフルエンザに関するよくある質問」(Avian influenza frequently askd questions)およびOIEの動物検疫資料によれば、低病原性鳥インフルエンザは世界各国に分布している。これらの機関では、わが国で発生したH5N2ウイルスは高病原性に属しておらず、またヒトに感染した事例はなく、わが国は依然、高病原性鳥インフルエンザの非感染地域であることを明確に指摘している。
八、関連対策
(一)わが国は高病原性鳥インフルエンザの非感染地区であることを維持するために、定期的に調査をおこない、計画を拡大し、低病原性ウイルスが検出された場合の殺処分、消毒措置を引き続き実施し、HPAI進入の可能性を少なくする。同時に、学校など研究機関の関連研究を奨励し、動物追跡とフィードバックシステムを強化する。
(二)海外におけるHPAIの感染状況に十分注意したうえで、輸出入検疫を適宜実施し、検疫通関を厳格化する。
(三) 農業委員会、行政院衛生署海岸巡防署、関税総局などの関連機関が協力し、互いに連携して情報を共有することにより、ともに国民および動物の安全を維持し、また動物あるいはその産品の密輸を取り締まる。
(四)宣伝指導教育の強化
1.今回おこなわれたウイルス検出はわが国で定期的に実施されている調査作業の一つであり、予防のための殺処分、消毒措置は高い保護レベルであることを、社会に対し明確に宣伝する。
2.わが国で分離されたH5N2ウイルスは、ヒトに対する病原性がないウイルス株であり、消費者の食用鶏肉などは安全であることを社会に知らしめる。
3.農畜水産物の密輸を禁じ、また流通ルートが不明な産品を買わないよう指導する。
4.各養鶏場では自衛防疫(囲いの設置、人と車の出入り管理、消毒など)を実施すること。また各地の動物防疫機関と緊密に連携し、異常事態発生時は、ただちに通報できるようにする。
【行政院農業委員会 2月19日】
週間ニュースフラッシュ
◆新竹にバイオ園区が設立
新竹に国内初のバイオ園区が設立され二月十八日、設立式典が行われた。同園区は国内の大学と医療機関を結合させた研究型のバイオ産業集積地で、投資額は二百億元(約七百億円)。高速鉄道新竹駅の特定区内にあり、二〇〇八年の営業開始を予定している。約一万人の雇用機会が創出される見通しで、生産高は二百億元(約七百億円)、経済利益は四百二十三億元(約千四百億円)が予測されている。
《台北『青年日報』2月19日》
◆今年の予測経済成長率四・七四%
行政院主計処は二月二十日、世界の貿易量が大幅に回復し、国内の民間消費も上昇に転じていることから、今年の経済成長率は四・七四%が予測できると発表した。ここ四年間で最も高い数値であり、このことは国内経済の回復がすでに安定したものとなっていることを示している。
《台北『工商時報』2月21日》
◆中国に対する台湾のハイテクの優位性は十年以上
日本の評論家・大前研一氏が中国に対する台湾のハイテクの優位性について「五年しかもたない」と指摘したことについて蔡英文・行政院大陸委員会主任委員は二月二十三日「台湾が現在の優位性をうまく活用できれば、十年以上は中国より優位を保てる」と反論した。
《台北『工商時報』2月24日》
◆半導体および新竹科学園区の今年の生産高は一兆元を突破
游錫堃・行政院長は二月二十二日「世界経済フォーラムが示した国際競争力ランキングで、台湾のハイテクは世界第三位、アジアで一位にある。これは政府と国民の努力によるものだ。台湾の半導体および新竹科学園区の今年の生産高はともに一兆元(約三兆五千億円)を突破し、薄型液晶パネルの生産高は韓国を抜いて世界一となるだろう」と述べた。
《台北『青年日報』2月23日》
◆台湾博覧会の開催地に五県市が名乗り
二〇〇八年の北京オリンピックに対抗し、政府は三百億元(約一兆円)を投資し、同時期に台湾博覧会の開催を予定している。これまで桃園、苗栗、彰化、台南、嘉義の五つの県市が開催地の名乗りをあげている。経済部は三月二十日の総統選挙後に開催地を決定する。
《台北『聯合報』2月24日》
◆緑のシリコンアイランド、成果表れる
游錫堃・行政院長は二月二十三日「台湾はここ数年来の投資や外貨準備高の増加、日本、韓国を上回る経済成長率などから見て、産業のレベルアップと構造転換に成功したと言える。これらは政権交替前にはなし得なかったことであり、陳総統の目指す緑のシリコンアイランドへの発展の成果がすでに現れた証拠である」と述べた。
【行政院新聞局 2月23日】
◆海外在住の中国人に対する台湾への個人旅行を開放
行政院観光発展推進委員会は二月二十三日、今年の海外からの観光客数三百二十万人の目標を達成するため、海外に居住する中国人の台湾観光について、団体での訪問に限定している現行規定を個人にも開放する方向で検討していることを明らかにした。なお、大陸本土の中国人については、国家安全上の問題から開放しないとしている。
《台北『経済日報』2月24日》
◆米下院が台湾の公民投票を支持
米議会・台湾連線の下院議員は二月二十七日、台湾の公民投票への支持を示すため、近く下院で賛成議員の署名を集め、台湾の総統選挙前に公布する考えを明らかにした。予測では三百人前後の署名が集められる見通しである。
《台北『中央社』2月27日》
「二・二八人間の鎖」運動で南北つなぐ
一斉に「台湾イエス! 中国ノー!」の声高く
●南北を結んだ「平和の長城」
「二・二八事件」五十七周年となる本年二月二十八日、李登輝前総統、陳水扁総統らを発起人とする「二・二八台湾擁護百万人人間の鎖」運動が実施された。この運動は「全台湾が団結し台湾を護る」「平和公民投票にイエス」「中国のミサイルに反対し平和を求める」「台湾に自信を持ち、改革を堅持する」ことなどをメインスローガンとし、台湾の北から南までを百万人の人間の鎖で一本に結ぶという壮大なものだった。
「人間の鎖」による「平和の長城」は、基隆市和平島公園を基点に、終点の屏東県昌隆村まで十八県市、六十四町村を通過し、およそ五百キロに及んだ。参加者は主催者側によれば、当初の予定であった百万人を大きく越え、事前登録者が百二十万人で、当日の自発参加者は八十万人を数え、総計で約二百万人になった。
南北四百九十キロに一列に並んで手をつないだ参加者らは、カウントダウンのあと午後二時二十八分、一斉に「台湾イエス! 中国ノー!」を叫び、中国のミサイル反対と台湾の自主的意思を明確に示した。こうした平和的な運動は、動員人数もさることながら、台湾の社会運動史に新たな一ページを付け加える歴史的なものになったといえる。
●基点では二・二八の人文字
基点となった基隆市和平島公園では当日午前、三万人が参加し二・二八事件犠牲者への追悼式典が挙行され、陳水扁総統が参列した。また公園では参加者が「二・二八」の人文字を描き、事件犠牲者を追悼した。
この式典において陳総統は「台湾の多元的文化は多元的な生命力を生み出す。二・二八事件は台湾全体の痛みであるが、包容力と復元力をもって対応すれば、歴史的な傷口は十分に治療できる」と、事件によって生じたエスニックの対立を解消すべきであることを強調した。
また「一部の人は、二・二八事件に触れることはエスニックの分裂を助長し、社会不安を惹起するばかりだと主張している。だが私はそうは思わない。歴史を直視し、傷口を開いてこそ治療ができるのである。今後とも全台湾が手を取り合って二・二八精神を発揮し、台湾国民の声を世界に発信しなければならない」と表明した。「人間の鎖」運動については「台湾にはすでにタブーはない」と強調し、「台湾人は台湾を愛し、平和を求めていることを世界に示す民主の長城である」と指摘した。
このあと陳総統は苗栗県に設置された「人間の鎖」全国指揮センターに向かった。
●「人間の鎖」が台湾を護る
苗栗県台肥体育館に設置された全国指揮センターの周辺には午前から多数の人が詰めかけ、一帯には参加者らが各自に用意したスローガンを書いたプラカードが波打ち、頬に「中国No 台湾Yes」と書いて参加した若者も多数いた。基隆から苗栗県に入った陳総統は、ジープで沿道の参加者らを激励した。
センターでは陳水扁総統、李登輝前総統が共に指揮台に姿を見せ、参加者らの歓呼に応えた。さらに会場では陳総統、李前総統も参加し、現在の台湾人を構成する各エスニックの代表らが手をつないで台湾の地図を描き出した。
このセンターでの式典では、張俊雄・民進党秘書長が「五十年前、多くの志ある人々が民主を追求し斃れていった。五十年後の今日、人々はその深い痛みを乗り越えた。手を取り合い台湾を擁護することは、台湾に新たな歴史を刻むものである」と「人間の鎖」運動の意義を強調し、参加者と共に「台湾は平和を望む。戦争とミサイルは望まない」とメインスローガンの一つを叫んだ。
陳総統は式典の冒頭において「これほど感動したことはない。全国津々浦々から、また海外の華僑も、党派を分かたず、エスニックを分かたず、主義主張を分かたず、世界が注視するなかに手を取り合い、行動をもって台湾のアイデンティティーと台湾を護る意思を示す。私の心情も皆さんと一緒であり、これほど心強いことはない」と述べた。
同時に「『エスニックの大団結、百万人の人間の鎖で台湾を護る』運動について、当初はかなりの人が、『そんなに多くの台湾人が起ち、一斉に平和を叫ぶなど不可能だ。数は集まらないのではないか』と懐疑的な目を向けていた。だが、今そのような声は聞かれない。台湾に自信を持てば、必ずやり遂げられる。台湾の民主主義、ならびに世界普遍的な価値観である平和のため、最大の貢献をしている台湾国民に最大の敬意を払う」と表明した。
●二・二八を台湾希望の日に
李登輝前総統は黄主文・台湾団結連盟主席、黄崑虎・李登輝友の会総会長らとジープで沿道の参加者らの歓呼に応えながら指揮センターに入り、陳水扁総統と合流した。
李前総統は同センターで午後一時に正式に「人間の鎖」運動の開始を宣言し、「二月二十八日というこの日、かつては台湾の悲劇を代表する日であった。しかし本日より、二月二十八日は台湾国民が希望を追求する日になった。この活動により、手を携え台湾を護る目標を達成することは、民主主義と自由の大灯明を護ることでもある」と「人間の鎖」運動の意義を強調した。
同時に「中国のミサイル五百基の脅威に直面している今日、中国ならびに国際社会に向かい、台湾国民がミサイルに反対し平和を愛しているという強い信念を発信しよう。今日のこの日は、台湾国民が明るい前途に向かって邁進する意義深い日である。中国に対抗するため奮闘団結しよう」と表明した。また李前総統は、壇上から台湾全土に向け、「三・二〇平和公民投票」に必ず参加するよう呼びかけた。
《台北『中国時報』2月29日》
台湾人が主体となって前進
「二・二八事件」五十七周年に際し、陳水扁総統は要旨以下の記念談話を発表した。
「これまで台湾は少数による外来者によって統治され『反清復明』あるいは『大陸反攻』の踏み台にまでされ、台湾において台湾人が主体となることはなかった。だが今日、台湾人が台湾の主人となった。これからはかつての統治者と被統治者の関係を繰り返してはならず、同時にエスニックにおける少数者と多数者の区別をつけてもならない。二千三百万人の台湾人全員が、運命共同体の一員なのである。
国家の尊厳と主権対等の思考から、台湾は中国の一部分ではない。だが歴史、血縁、文化の面からは、「中国」と「中華文化」は台湾の一部分になっている。それは、われわれが台湾の経済発展には主体性を持ち『台湾を深く耕し、世界に進出する』という思考の下に、中国市場を世界市場における一部分であると見なしていることと同じである。
二・二八を記念し、われわれは愛と寛容と反省をもって、台湾を護り、台湾の未来を築かねばならず、そこにエスニックの区別は存在しない」
【総統府 2月28日】
両総統候補が二回目のTV討論
外交、両岸、国防問題で意見表明
総統選挙まで残り一カ月となり二月二十一日、陳水扁総統と連戦国民党主席両総統候補による第二回目のテレビ討論がおこなわれ、外交問題、両岸問題、国防政策などについて意見を交わした。以下はその要旨である。
外交政策
陳水扁総統
・国際社会において、いわゆる「一つの中国」とは中華人民共和国を指すものであり、台湾はその一部だと見なされているが、これはわれわれに何のメリットもないことだ。国民党はその執政期間において終始「一つの中国」を主張し、台湾を国際社会の孤児にしてしまったが、これもまたわれわれが「一つの中国」という主張を止揚すべきだと考える理由である。
・外交において、台湾は立ち上がり、歩み出していかねばならず、また全世界の人々が台湾を訪れることを望むものである。われわれは十二年の歳月をかけ、二〇〇二年、ついにWTOの第百四十四番目の加盟国となり、またWHO加盟に向けて七年の間奮闘してきた。徳があれば孤独にはならず、必ずや味方ができるものである。私は今後二年以内に、WHOへの加盟を果たしたいと考えている。
・われわれは国家の主権を断固堅持し、台湾の主体性を堅持する。台湾は中国の付属物ではあり得ない。われわれは、台湾は主権独立国家であり、中国の一部ではないこと、現行の憲法に基づき国名を中華民国とし、いかなる現状の変更にも、すべて国民の公民投票による同意を必要とすることをここに主張する。
連戦・国民党主席
・当選した暁には、米国、日本を訪問し、改めて対外関係を立て直す。
・外交の基本的枠組みは、中華民国は自立した一主権独立国家であることで、「一つの中国」を敢えて強調するならば、それはすなわち中華民国を指すものである。
・第一に、国交樹立国との外交関係を強化する。第二に、国交はないが、わが国ときわめて緊密な関係にある米国、日本などに対して、実質上の外交内容を強化すべきである。第三に、台湾には国際社会に貢献する力があり、いかなる分野においても、国際社会から尊敬されるべき国家であり国民である。したがって両岸問題は十分検討し、台湾が国際社会に歩み出し、両岸がともに国際社会に参加できる関連活動とメカニズムを構築しなければならない。
・友好関係とは相互信頼であり、終始「意外」や「驚愕」を生み出すものではない。
・民間レベルの外交については、全国民による奮闘が必須である。
両岸政策
陳水扁総統
・われわれは主権についての争議はあり得ないと常に考えてきた。台湾国内で主権の問題を争議すべきでないことは、言うまでもない。
・われわれはまた、平和の原則のもとでいかに中国と交渉を進めるか、両岸の平和と安定のための相互連動のメカニズムを積極的に推進すべきかを理解している。とくに三月二十日におこなう平和に関する公民投票の二番目の設問では、多くの国民の支持を得られるだろう。台湾国民の真心と願いはこうしたものであり、これはすでに私個人の問題でも、民進党政権の問題でもなく、二千三百万国民の総意なのだ。中国は決してこのことを軽視することはできない。したがって、今後中国と積極的交渉を進め、平和協定を締結し、両岸関係を正常化させることにわれわれは強い自信を持っている。
・われわれは、引き続き両岸関係の正常化を推進し、平和の原則のもとで中国と早急に交渉を進めることを希望する。現在、平和と安定のための相互連動のメカニズムに関する推進委員会設立の準備をすでに進めており、総統選挙後はただちに活動を開始し、五月二十日までに、正式に北京に最初の駐在代表を置きたいと考えている。私の最大の期待は、次の任期中の四年のうちに、胡錦涛国家主席と握手し和解することだ。
連戦・国民党主席
・国家統一綱領および国家統一委員会などは、現在すでに設立後十三年が経過し、その間総体的環境には大きな変化があった。今後体制に調整が必要かどうかは、討論すべき問題である。政権交代の暁には、あらゆる政党を要請し、党派を超えた国家発展会議を設立してコンセンサスを凝集し、政府の執政の拠りどころとする。
・われわれは、いわゆる「一つの中国」を終始強調しているわけではない。強調したいのは、両岸は平和で対等であり、相互尊重の立場で向き合うべきだということだ。こうした原則のもと、「一つの中国」を敢えて強調するならば、その「一つの中国」とは中華民国を指すものである。
・両岸関係の発展と台湾社会の発展、およびわれわれの主権の主張は、なんら矛盾しない。
・両岸関係は軍事的対峙でなく、制度の評価比較と競争であり、必ずや平和、互恵、対等の枠組のもとに交渉されるべきで、双方がともに発展する機会を創出すべきである。これらの大原則のもとでこそ、「経済第一」の推進が可能であり、これこそわれわれの基本的主張である。
・両岸関係は相互尊重を起点とすべきである。もうこれ以上統一、独立問題や政治問題の議論をすべきではない。これらの問題は今後歴史が決めるだろう。双方が今すべきことは、対話メカニズム構築のため、ともに努力することだ。
国防政策
陳水扁総統
・「専守防衛、有効抑止」は現在、我が国の国防の戦略目標である。だが単なる「有効抑止」では不十分であり、今後は徐々に「有効的反撃」へと調整していきたい。われわれは中国と軍拡レースをするつもりはないが、自己防衛力の強化は必然である。
・中国のミサイルには、ミサイルによりこれに対抗するだけでなく、総合的軍事作戦能力の強化がきわめて重要だ。今回の公民投票の設問は、ミサイルに対抗する設備の購入のみならず、設置に関して国民に問うものだが、研究開発とその他の分野での準備、対応も不可欠である。
・「攻撃による防衛」を唱える人もあるが、私には現時点ではそのような考えはない。
・国家の指導者として、戦争は回避すべきであり、戦争による交渉、和平を求めるべきではない。これもまた私が専守防衛、有効抑止、有効反撃を唱え、戦争勃発を回避する理由である。
・国家には軍隊が必要である。「志願兵」の全面実地が不可能な場合でも、兵役期間を三カ月に軽減するのはきわめて危険だ。質のよい軍隊により自己防衛しなければ、経済の大改革など実現不可能である。
連戦・国民党主席
・「専守防衛、有効抑止」を主張する一方で「国外決戦」を強調し、同時に大陸沿岸の軍備を凍結させようとする手法は攻撃的すぎる。これでは軍拡レースが展開されるうえ、全体的な安全体制にも影響するだろう。
・国民党の主張は、あくまで限定的な防衛であり、台湾海峡における天然の要害によって第一撃を防ぐことだ。両岸交渉をおこない、戦争を平和に戻す時間はその後でも十分にある。
・両岸関係はわれわれの現状を維持し、台湾優先でなければならない。この大原則のもとでこそ「経済第一」を推進できる。こうした目的達成のため十分な軍事力を整備し、武器購入と軍事思想の改革が必要だ。国家の目標を取り違えてはならない。われわれは中華民国のために戦うのだということを明確にしなければならない。
・戦争の形態はすでに伝統的方法からハイテクへ変わり、いわゆる専門化、職業化、精鋭化へと移った。こうした環境下では、青年の兵役は三カ月の基礎訓練のみで十分であり、二年間という訓練期間は必要ない。徴兵制は志願制に変えるべきで、これにより、若者の時間と国家資源を無駄なく効率的に使うことができるのである。
【外交部 2月22日】
ニュース
山中貞則・日華懇会長逝去
羅福全代表が哀悼の意表明
台湾と日本の友好増進に大きな貢献をした日華議員懇談会の山中貞則会長が二月二十日午後四時二十九分、東京都内の病院において逝去した。享年八十二歳。山中氏逝去の報に接し、羅福全・駐日代表は同日、衷心より次の哀悼の言葉を述べた。
「山中会長は反共の意思を貫徹され、この四十年来中華民国と日本の友好関係推進に尽力され、近年は日華議員懇談会の会長として二百余名の国会議員を指導して日台関係増進に努力され、陳水扁総統就任後は率先して支持を表明されました。この三年間、山中先生が健康の優れぬ中にも議員団の団長として台湾を何度も訪問され、陳総統およびわが国への支持を行動によって示されたことは、何ものにも替えがたい尊いものであります。山中会長が本日逝去され、わが国朝野各界友人は等しく深い悲しみに包まれるとともに、その死は中華民国にとって一大損失と感ずるものであります」
【台北駐日経済文化代表処2月20日】
日本の新改正薬事法と台湾
新たなビジネスチャンスに
日本の新改正薬事法が来年四月一日に施行され、製造業と販売業の分離が可能となる。これにより日本の製薬会社は海外に生産を委託し、海外の製薬会社との共同研究開発が可能になると見られている。
これについて台湾の中華民国製薬発展協会の邱哲傑・副秘書長は最近「日本の医薬品市場はおよそ二兆円であり、その九〇%を製造と販売を一体としている著名な大手企業が掌握し、後発医薬品市場は八~一〇%にすぎない。新改正薬事法施行により、後発医薬品市場は一五~二〇%前後にまで上昇すると見られる。後発医薬品が主流である台湾製薬業界から見れば、まさにビジネスチャンスである。協会としては国内の製薬、バイオテクノロジー、漢方薬、臨床試験の各業者ならびに研究機関の連携により、共同で日本市場を開拓したい。現在すでに台湾国内の五十数社がこの計画に加わりたいと表明している」と述べた。
《台北『工商時報』2月21日》
衛生実体名でWHO加盟へ
あらためて国際活動を強化
本年度の世界保健機関(WHO)年次総会は五月中旬に開始される。昨年はSARS流行を背景に日米など主要国が台湾の加盟支持を表明したが、中国の壁もまた厚かった。これについて董国猷・外交部国際組織司長(局長)は二月二十三日、立法院外交委員会において「本年のWHO加盟活動は、年次総会へのオブザーバー参加実現を重点に進めたい。戦略としては衛生実体の名義をもってオブザーバーとしての地位を確保したい」と述べた。
同時に董司長は「わが国のWHO加盟について、外交部は間断なく活動を続けており、外国駐在の各機関は駐在国政府に絶えず働きかけている。民間団体ならびに立法委員のグループもすでに欧州への遊説を計画している。政府、立法委員、民間団体の連携によって、WHOと世界各国に対し、台湾が国際医療体系から排除されている不合理な現象を重視するよう訴えていく」と語った。
《台北『中央社』2月23日》
大陸委員会が中国を批判
硬直した姿勢から脱却せよ
陳水扁総統、李登輝前総統らが中心となって行われる二月二十八日の「台湾人の大同団結と中国のミサイル撤去」を訴える百万人行動イベント、ならびに「三・二〇平和公民投票」に対し、中国国務院台湾弁公室は二月二十五日、ふたたび「歴史を歪曲して台湾民衆の対立を煽り、両岸関係の緊張を作り出すものだ」などと非難した。これに対し行政院大陸委員会は同日「中国は台湾での民主主義の深化の過程を直視し、台湾国民の基本的人権と選択を尊重すべきだ。陳総統は就任以来四年間『積極開放、有効管理』による両岸関係増進政策を進めてきたが、北京当局は常にわが方の開放政策を阻害し、悪意をもって両岸関係の正常な相互連動と発展を妨害してきた。中国は硬直した思考方式から脱却し、わが国の誠意を直視すべきだ」と批判し、改めて中国側に「早急に実務的な姿勢をもって両岸対話を再開すべきだ」と呼びかけた。
【行政院大陸委員会 2月25日】
台湾観光年
「我的文学書房」オープン
国内最多の文学書を取り揃え、ときに人気作家にも会えるというユニークな書店が台北市にオープンした。
「我的文学書房」と名づけられたこの書店は、およそ三万冊の文学書と、国内外の主要雑誌数十種類を揃える。文学書は古典から近現代文学、翻訳本までカバーする。一階が書店売り場で二階が読書スペースになっており、紀行、サスペンス、ファンタジー、アートなど、数十種類に分類されている。
「一般の書店に並んでいる文学書は一万冊に満たない」と自慢気に語るのは店主の馮光遠さんだ。店の特色は文学書の数にとどまらない。二階の一角には心地よいソファーと小さなテーブルが置かれ、カフェバーも併設されている。ここの棚にはさまざまな色と形の異なる五十組のコーヒーカップが収めてある。それらは羅智成、韓良露、雷驤、隠地、張恵菁、蔡詩萍、成英妹、李昂、許悔之、黄明堅、蔡康永ら、国内の著名な作家や詩人が愛用しているマイカップだ。
そもそも文学とコーヒーの結びつきは古く、台北にもその昔、作家が創作のために足繁く通った喫茶店や文学雑誌の編集室にもなったカフェなどがいくつもあった。馮光遠さんは、そうした古きよき時代のカフェを取り戻し、現代の作家が自由に集い、語り会える場所を提供したいと願ってきた。オープン初日からカフェバーにはマイカップを置いている作家が次々と訪れ、馮光遠さんの淹れたてのコーヒーを片手に、創作や趣味について語り合った。
今後店では、古本市や講演会、座談会なども開催する予定だ。
●我的文学書房:台北市建国南路二段二〇一号
《台北『民生報』2月19日》
四月より故宮で改修工事
国立故宮博物院は四月一日より開館以来、最大規模となる大幅な改修工事を行う。完成はおよそ二年後の二〇〇六年一月末の予定だ。
改修工事は、七億元(約二十四億円)以上を投資し、本館の公共スペースの拡大、展示室の配置変更、周辺の環境整備、本館建物の耐震補強工事などが行われる。これまで故宮の正面入口前広場には大型の観光バスが駐停車のため頻繁に出入りし、乗客はバスの通行の合間を縫って乗り降りするという、人と車の非常に混雑した状況が繰り返されていた。これは景観を損ねるだけでなく、車の排気ガス汚染ももたらした。こうした状況を改善するため、計画では故宮の前の車道を本館地下まで延長し、地下には駐車場を造り、参観者は車から降りてそのままエレベータで本館上階ロビーへ移動できるようにする。一方、本館二階には大きなベランダを整備し、ここに歩行者専用道路を設け、人と車の通行を別々にする考えだ。
このほか、新たに本館正面の庭の部分まで建物を拡張し、これを両側の廊下で結んで一つの大きなホールが造られる。ここには三百人収容できる大ホールのほか、中型の多用途マルチメディア室、各種ショップ、休憩室、待合室などが設けられる。また本館一階から三階までは吹き抜けとなり、一階と二階をつなぐエスカレーターは幅が十三メートルと広くとられ、周囲のガラス窓からは充分に陽光が降り注ぎ、内部は明るくゆったりした空間となる見込みだ。これまで団体客があると混雑していた状況も、これにより大幅に緩和される見通しだ。
工事期間中、参観者の出入口が限定されたり、展示スペースが半分に縮小されるなど影響が出そうだ。杜正勝・故宮博物院院長は「参観者には不便をかけるが、新しい故宮がより魅力あるものになることを期待して我慢していただきたい」と語っている。
※今年の「台湾観光年」キャンペーンの一貫として、故宮では現在外国人観光客に対し、桃園中正国際空港と高雄国際空港で、無料入場券を配布している。
《台北『民生報』2月19日》
文化ニュース
後藤新平の足跡を訪ねて
顕彰会のメンバーが来台
日本統治時代民政長官を努め、台湾の近代建設に大きく貢献した後藤新平の足跡を訪ねようと、このほど日本から顕彰会のメンバーおよそ三十人が台湾を訪れた。
後藤新平は一八九八年、第四代台湾総督に就任した児玉源太郎のもと民政長官に任命された。日露戦争真っ只中の当時、出征でほとんど台湾を留守にしていた児玉総督に代わり、およそ八年間台湾の経営に力を注ぎ、その功績は「台湾近代化の父」と称され評価されている。
主な業績としては、土地の調査、鉄道の敷設、基隆港建設が特に知られている。台湾経営にあたっては、「資源に照らしその土地に合ったものでなければならない」との信念のもと、台湾の伝統的な習慣、風俗を科学的に調査し、台湾住民の風習に合った施政が行われた。この調査はもともと政治目的で実施されたが、徹底して学術的手法が採られたため、台湾の伝統文化の貴重な資料として台湾の学者の間でしばしば引用されているほか、戦後国民党政権の施政においても大きな影響を与えたとされている。ドイツで医学博士も習得した後藤新平は、また医療や衛生面にも積極的に取り組み、上下水道の整備は日本本土よりも早く完成した。
日本では、後藤新平の偉業をたたえ、故郷の岩手県水沢市に二十五年前に「後藤新平記念館」が設立された。顕彰会のメンバーは、いま全国に百七十人いるとも言われている。
今回台湾を訪れた一行は、まず台南にある奇美博物館を訪れた。奇美グループの許文龍会長は、その昔後藤新平の胸像を日本の記念館に贈ったことがある。一行はこのあと高雄橋仔頭の製糖工場を訪ね、製糖を台湾の主要産業に発展させた後藤新平の足跡をたどるとともに、烏山頭ダムにも足を伸ばし、台湾の近代化建設に同じく貢献した設計技師・八田與一を偲んだ。
国立台湾博物館は台北市の二二八和平公園内にあり、その美しいギリシャ風建築はひときわ目を引く。一九一五年に建設され、もともと「児玉総督後藤民政長官記念館」として設立された。当時、館内入口の両脇に児玉、後藤両者の大きな銅像が置かれていたが、戦後になって倉庫に保管されたまま、日の目を見ることはなかった。今回顕彰会のメンバーは、特別に倉庫から運び出されもとの場所に置かれた二体の銅像を囲み記念写真を撮った。
現在改修工事のため閉館中の同博物館は、六月のリニューアルオープンを機に、ふたたび二体の銅像を館内に戻し展示する予定だ。
《台北『聯合報』2月18日》
桃園大渓に彫塑記念館
蒋介石の彫像が勢揃い
桃園県大渓鎮の慈湖で二月九日、慈湖彫塑記念公園の起工式が行われた。工期は三年で、第一期工事は年末にも完成する。およそ四ヘクタールの敷地内には、すべて蒋介石の彫像が並べられる予定だ。大渓鎮の役所では、全国の自治体や学校、団体などで安置に困っている蒋介石の彫像があれば、一体でも多く寄贈してほしいと呼びかけている。
大渓鎮役所は四年前から蒋介石の彫像の収集を始め、これまでに台北市、高雄県、台中県などから寄贈を受けた。年末の第一期工事終了後にはさきに八十体を展示し、三年後の完成時には二百体を目標にしている。
起工式に出席した朱立倫・桃園県長は「蒋介石は台湾、中国だけでなく、世界の歴史的大人物だ。この公園は歴史の側面だけでなく、文化、芸術的な価値がある。なぜなら、ここに並べられる彫像はすべてその時代背景と芸術的価値を持っているからだ。大渓の観光促進にも大きなプラスとなるだろう」と挨拶した。
《台北『聯合報』2月10日》
雲門舞集が日本で初公演
東洋の精神をベースにした独自のスタイルで世界を魅了
私が初めて台湾のコンテンポラリーダンス舞踊団「雲門舞集(クラウド・ゲイト)」を知ったのは今から十年前、台北国家戯劇院で公演された「流浪者の歌」だった。このとき、ダンサーたちの鍛えぬかれた美しい身体と、そこから発せられる神秘的な力強い動きに強く心を惹かれた。
雲門舞集は一九七三年に設立された。創立者で芸術監督の林懐民氏はこれまで七十本を越える作品を発表しているが、それらは国内だけでなくヨーロッパ、アメリカなど世界にも紹介され、海外公演だけでも年間七十回近くに及ぶ。いずれも高く評価されており、そのすばらしさは舞踊界の巨匠、ピナ・バウシュも絶賛するほどだ。
このように、海外ではすでに知名度のある雲門舞集の待望の日本での初公演が二月二十五日~二十九日、東京で行われた。紹介された作品は「行草」(2001年初演・70分)と「水月」(1998年初演・70分)の二本。
「行草」は書道がテーマになっている。林監督は優れた書の作品を研究しているうち、書家が描いているときのエネルギーは天と地の間で「踊って」いることに気づいたという。つまり「書道は気の動き」であると解した。舞台作品は十の場面からなる。それぞれ異なる書の作品がバックやサイドスクリーン上に投影されている。それらを背景にダンサーたちが各々の作品から吸収した気をもとに叙情的な流れや力強い打ち込みなど筆の運びに込められたエネルギーの陰影を、身体の動きに重ねて表現する。長年の太極導引(太極拳の導入部)と気功の訓練で身につけたダンサーたちの呼吸と、そこから生み出される動きとが書の放つエネルギーと一体となり、観客はそのパワーに引き付けられ、いっときも緊張をほどけられない。書の持つ繊細さ、しなやかさ、力強さがさまざまな場面を通して多彩に表現され、これまで書に対して抱いていた固定的なイメージが一気に広がった気がした。
「鏡の中の花、水に映る月、いずれも幻想なり」。作品「水月」はこうした仏教の思想が基になっている。水面に見立てた床には黒いリノリウムに白く波紋が描かれ、天井には月に見立てた鏡が据えられ、水面を映し出す。ダンサーはソロで、デュエットで、または群舞のそれぞれの形で、現実と非現実、陰と陽、作用と反作用を表現してみせる。最後のクライマックスの場面では床いっぱいに水が張られ、ダンサーたちが去ったあとは波紋だけが残る。それは、時間の存在そのものをわれわれに問いかける。私は幸運にも最前列でこの作品を鑑賞できたため、かれらの動きを間近に観ることができた。雲門舞集のダンスに派手なジャンプや回転は見られない。だが、一連の太極拳を思わせるゆるやかな動きにも、その実、体内で気が激しく流動しているさまが、背中や太もも、二の腕の筋肉の震えやダンサーの息遣いによって、直截に伝わってきた。
舞踊団が設立された七〇年代、林監督は西洋にばかり目を向けていた国内の風潮に反旗を翻す意味を込めて、中国最古の舞曲の名前である「雲門」を舞踊団の名称にしたという。雲門舞集の踊りは、クラシックバレエ、モダンダンスなど西洋のテクニックに加え、瞑想、気功、武術、京劇など東洋の思想と文化を根本に据えた独自のスタイルが持ち味だ。ダンサーは毎日の練習のなかで、瞑想と太極導引を欠かさない。十年前に感じた神秘的な力強い動きは、かれらのこうした独自のスタイルがもたらす魅力にほかならない。同じ東洋の文化を共有する日本の一観客として、かれらの存在がもっと認知され、ふたたび来日公演が実現されることを心から期待してやまない。
《取材:本誌編集部・山田》
『黄霊芝物語』から見る二二八と台湾文学
戦後台湾の生んだ最大級の作家をどう位置づけるか
●ある日文台湾作家の周辺
稀有な環境からは、稀有な作家が輩出される。戦後めまぐるしく変化した台湾社会は、まさに稀有な環境であったといえる。当然そこからは異色の作家が生まれ、中には日本の文壇に確たる足跡を残した人物もおれば、一世を風靡せずとも、台湾や台湾に大きく関わった日本という、限られた範囲を超越した作家も輩出した。これらをたどれば、台湾そのものがひときわ大きく見えてくる。
最近、副題を「ある日文台湾作家の軌跡」とする稀有な台湾文学研究書が発刊された。岡﨑郁子(吉備国際大学教授)著『黄霊芝物語』である。対象の黄霊芝―日本名を国江春菁という。拙稿の題名に「二二八と台湾文学」という字句を用いたが、当然この作家は二・二八事件のみが出発点となっているのではない。だが、同事件を戦後台湾の生んだ作家から切り離すことはできない。著者の岡﨑氏は黄霊芝(国江春菁)を「戦後台湾の生んだ最大級の作家の一人」と認識し、改めてこの作家と作品を「戦後の台湾社会や文化の中に位置づける」ことを同書の試みとしている。だがこの研究書は、そこにとどまらず、黄霊芝と彼の作品がそうであるように、社会における人間までもを浮き彫りにしている。したがって拙稿の内容は、同書のほんのさわりの部分に過ぎないことをお断りしておきたい。そこからまた、台湾社会と台湾人が見えてくる。なお「 」内は同書からの抜粋である。
●作家とアイデンティティ
戦後まもなくの台湾に激震をもたらした二・二八事件は、台湾の文芸界において「一つの終焉を迎えると同時に、たとえ暗闘での手さぐりだったにせよ、新たな出発ともなる」ものだった。同書ではそこに苦悩した多くの作家群像が詳述されているが、ここでは二人の作家を取り上げたい。二・二八事件に翻弄された邱永漢と、そうでない陳舜臣である。
両氏とも黄霊芝同様、現在も活躍中だが、終戦の年に東京帝大を卒業した邱永漢は台湾で二・二八事件に遭遇し、香港に逃れた。このとき香港で寄宿したのが廖文毅宅で、そこへ東京帝大で一緒だった王育徳も逃れてくる。やがて二人は、前後して日本に亡命する。日本で作家を志す邱永漢に「温かい手をさしのべた」のが、かつて台湾で『文芸台湾』を主宰していた西川満である。その支援により邱永漢は『大衆文芸』に処女作「密入国者の手記」が掲載され、その後同誌に「濁水渓」「香港」などを次々と発表し、この「香港」によって昭和三十年下半期の直木賞を受賞する。
この当時の邱作品は「いずれも、日本統治時代から戦後にかけての台湾人の苦悩がアイデンティティの問題とともに描かれて」いる。特に「密入国者の手記」は王育徳をモデルにしたものだが、その後、王育徳、邱永漢、廖文毅は台湾人のアイデンティティを求めながらも、それぞれ違った道を進むことになる。なお、王育徳の主宰した『台湾青年』は、その後の台湾独立運動に大きな影響を与えることになる。
邱永漢は精力的に一連の作品を世に出したあと、周知のごとく「金儲けの神様」と言われるようになるのだが、邱はすでに香港で幾許かの商才を発揮しており、「のちに『お金儲けの神様』と呼ばれる出発点が、亡命先の香港にあったというのは、何とも皮肉な話」といえようか。
一方陳舜臣は、本籍は台北だが神戸生まれで、邱永漢とは環境が根本的に異なる。昭和四十三年に「青玉獅子香炉」で直木賞を受賞し、「秦の始皇帝」「西太后と義和団事件」「秘本三国志」などに代表される通り、陳舜臣から台湾のイメージは浮かんでこず、一般に〃中国人〃作家として日本で認識されている。台湾人作家のアイデンティティを語るとき、わざわざ陳舜臣に触れたのは、『黄霊芝物語』に見る次の一文を紹介したかったからだ。
「経済面でも高度成長期にさしかかっていた昭和三十年代から四十年代にかけての日本では、すでに植民地ではなくなった台湾や台湾人に関心を示す人はほとんどいなかったと思われる。邱永漢の後に続いて一九六九年に直木賞を受賞する日本生まれの台湾人作家陳舜臣のように、アイデンティティを祖国中国に求めていれば、日本の読者の覚えもめでたかったのかもしれないが、その意味では邱永漢はあまりにも台湾人でありすぎたということができそうだ」
●二・二八事件と台湾人作家
邱永漢や陳舜臣が日本を作家活動の舞台としたのには、もちろん日本語か中国語かという言語の問題もあった。戦後台湾では当然ながら国語は日本語から中国語に切り替えられた。両時代にまたがる世代は、邱永漢のごとく国外への道をとるか、それとも「日本語禁止令以後、筆を折るかあるいは気の遠くなるような歳月をかけて『国語(北京官話)』を習得した後で捲土重来を期」す以外になかった。
このいずれにも属さない作家がいた。それが国江春菁こと黄霊芝である。終戦のとき十七歳であった黄霊芝は、すでに日本語が体の一部となっていた。だが中国白話文で出発するにも遅すぎるわけではない。彼は戦後フランス語やスペイン語まで習得しているのだ。だが彼は、日本語禁止令の出た後に、敢えて日本語による作品を発表しだした。また、作家を目指して日本に渡ることもなかった。禁止令下の台湾に残り、日本語の作品を書き始めた。当然それは、二・二八事件を経験したあとの台湾人のノスタルジーでも、まして「植民地後遺症」などでもない。
岡﨑氏は『黄霊芝物語』の冒頭に「我々の想像をはるかに超えた現実の中で、彼に日本語を選ばせてしまったもの、彼を突き動かしたものとはいったい何であったろうか。それを本書の中で明らかにしてゆくつもりだ」と述べている。ここにその答えのヒントとなる詩の一部分を、同書の後半部分から抜粋したい。もちろん黄霊芝作で、題名は「文化」である。
アメリカ人がくしゃみをしている
アメリカ人が咳をしている
泣いている 笑っている
僕たちと同じように
ああ ホモ・サピエンスは
まことに一種しかいない
そして「黄霊芝は、半世紀以上を台湾社会と台湾人を描くことに作家としての情熱を傾けてきた。だが、彼が目指したものは狭い台湾の中での台湾文芸ではなく、世界に通用する普遍性のある世界文芸である」と同書は解釈する。
●『宋王之印』の周辺
もちろん、台湾を舞台とした世界普遍的なものとは何かを理解するには、彼の作品を読む以外にない。それには本誌二〇四二号(02年3月28日付)でも紹介した『宋王之印』がある。これも岡﨑氏の編纂によるもので、表題作のほか「紫陽花」「天中殺」「輿論」「董さん」など十五編が収録されている。『黄霊芝物語』ではそれら作品群の背景を解説し、激変した台湾社会の中に見る人間性をいっそう浮き彫りにしている。
「宋王之印」は「宋王の玉印といわれた名品が、実は贋作であったにもかかわらず『精密な科学鑑定を経た上』で『国宝として故宮博物院』へ入るまでの経過を、骨董品に関する作者の薀蓄をかたむけてまとめたブラックユーモア」であり、「輿論」は戦後間もない外省人と本省人のはざまで実際に起こった殺人事件を素材に、言論統制のなかでかえって噂が一人歩きし、世を揺るがすまでになる風刺小説である。
「董さん」は「董さんが銃殺されたそうだ」とのショッキングな一文で始まる。さらにショッキングなのが「董さんの父親は日本人だったために台湾人に殺されたが、董さんは台湾を愛したたがゆえに中国人に殺された」という行(くだり)であろう。無論、二・二八事件が背景となっている。「古稀」と「癌」では老いと死が描かれ、「蟹」では生と死、「天中殺」では貸家をめぐる人間模様が描かれている。書籍紹介のようになってしまったが、共に得るところが大きい書である。
(文・本誌編集部)
▽『黄霊芝物語』研文出版 岡﨑郁子著 ¥7000+税
▽『宋王之印』慶友社 国江春菁著岡﨑郁子編 ¥2800+税
お知らせ
最新アニメビジネスセミナー
日 時 3月20日(土)午後2時~5時
会 場 東京都杉並区立産業商工開館3F講堂(杉並区阿佐ヶ谷南3-2-19)
主 催 NPO法人ベンチャーネットワーク・ジャパン(VNJ)
参加費 :VNJ会員および学生:千円/一般:三千円
プログラム
●第一部:午後2時~3時
基調講演「アニメビジネスの現状と今後の展望~デジタル化と国際化の観点から」
●第二部:午後3時~4時
プレゼンテーション「今注目の台湾デジタルアニメの世界」
●第三部:午後4時~5時
交流会・名刺交換会
申込み・問合せ NPO法人ベンチャーネットワークジャパン事務局
TEL 03(3564)7203
FAX 03(3564)7205
E-mail: japan@venturenet.or.jp
春 夏 秋 冬
いま日本で、核問題について一番気になる国はどこかと聞けば、十人中九人までが北朝鮮と答えるだろう。もちろん拉致問題を含め、北朝鮮の核開発問題もできるだけ早く解決されなければならない。この二点については日本の世論も一つにまとまり、かつ高まっている。これほど頼もしいことはない。だが、ここに一つ落とし穴がある。
北朝鮮の核開発阻止と拉致問題解決について、日本では中国の協力が必要との声が、意外と多く聞かれる。六カ国協議の場所が北京であることなどからすれば、場所提供という面においては貢献していると言えよう。だが、これが協力と言えるだろうか。拉致問題について、中国は日本にどんな協力をしているだろうか。北朝鮮に対し一番効果を持っているのは、いつでも北朝鮮に経済制裁を加え得る日本自身の法整備であり、核については米国の毅然たる態度であることに、疑問の余地はないだろう。北朝鮮の核開発について、中国が曲がりなりにも反対の姿勢を示しているのは、将来統一された場合、その核がどちらに向けられるか分からないから、そこに危険を感じてのことに過ぎない。なにも日本の安全に協力してのことではないのだ。グローバルな目で見れば、北朝鮮などより、中国のほうがはるかに危険なのだ。
以前から指摘されていことだが、最近パキスタンのカーン博士の証言やリビアの核開発放棄宣言で明るみに出てきたものがある。闇ルートによってこの二十年来、中国がパキスタンやイラン、リビアなどの国々に大量破壊兵器やその技術を提供していたというのである。中東のテロ支援国家への核技術提供は、米国に対抗するのに効果があり、パキスタンへの支援は、インドを牽制するのに効果的である。冷戦崩壊後も、この構造に変わりはない。このように自国にとって有益なときには、核技術をも提供するのが中国の実体なのだ。この状況は、今後とも継続されるだろう。まさしく冷戦後に変わったことといえば、中国が旧ソ連に変わって世界の紛争の脅威になったという点である。
この実相を、日本は熟視する必要があろう。いま中国のミサイルの多くが台湾に向けられている。テロ支援国家を支援する国のミサイルが、日本の隣国に向けられているというばかりでなく、日本のシーレーンを扼する台湾の地理的条件を考えれば、それの日本にとっての脅威は、北朝鮮の比ではない。逆に見れば、民主台湾の存在は、日本の安全保障にも経済にも絶大な貢献をしているのだ。
(K)