馬英九総統がスタンフォード大学とのテレビ会議で講演
馬英九総統は4月16日午前、米国スタンフォード大学の「民主・発展・法治センター」(Center on Democracy, Development, and the Rule of Law, CDDRL)で開催されたテレビ会議に出席した。同会議はコンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)元米国国務長官が進行役を務め、同センター主任のラリー・ダイアモンド(Larry Diamond)教授、フランシス・フクヤマ教授、ゲイリー・ラフヘッド(Gary Roughead)元米国海軍作戦部長らがパネリストとして出席した。馬総統はこのなかで「Steering through a Sea of Change」(荒波の船を導いて前進する)と題する講演を行ったあと、参加者からの質問に応え、同会議の最後に結びの言葉を述べた。
以下は、馬総統が講演した内容である。
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まず始めに、本日午前のボストンマラソンにおいて発生した爆発事件に対して、深い哀悼の意を表するとともに、この暴挙をはたらいた犯人に対し、強い非難の意を表したいと思います。
私は、今晩、スタンフォード大学の皆様方の前で講演することができ、とてもうれしく思います。スタンフォード大学は各界の等しく認める著名な学府であり、ダイアモンド教授が主宰される「民主・発展・法治センター」は、季刊「民主」の発行を通じて、民主主義研究の学術理論における比類なき貢献を果たしています。民主主義が華人世界に根付くプロセスを語るには、台湾は一つのよいモデルといえます。したがって、私が今日のテレビ会議に参加することは、適役ではないかと思います。
私が2008年に中華民国総統に就任してから、東アジアにおける地政学情勢はめまぐるしい変化がありました。5年前、東アジアには2つの火薬庫がありました。それは朝鮮半島と台湾海峡でした。今日、朝鮮半島の情勢はかつてなく緊迫し、北朝鮮は最近第3回目の核実験を実施し、国連の制裁を受けてからも、なおも武力恫喝を続け、さらには60年前の1953年に締結した朝鮮戦争停戦協定をも破棄すると公言しています。それに比べて、台湾海峡の緊張状態は大幅に緩和され、両岸は平和と繁栄の追求を続けています。
しかしながら、これは東アジアの潜在的な動乱の源が1つになったということを表すものではありません。地域経済の統合は進んでいるものの、東シナ海および南シナ海における地政学上の対立はますます激しくなってきています。そのほか、中国大陸、韓国、日本の東アジア地域における3つの主要国家は、最近8カ月の間に政治指導者が交代し、私も昨年の総統選挙で再選されました。これらの変化は東アジア情勢に数多くの不確定性をもたらしていますが、台湾の中華民国は確固として平和と安定を護持し、世界の民主主義国家が大切にしている自由の価値感を大きく提唱しています。これらの背景の下、私はわが国政府が情勢のめまぐるしく変動するなかにおいて、台湾をどのように導いているのか、これからご説明させていただきます。
私は2008年に総統に就任する前より、中国大陸と和解を求めることを決意していました。60年余りにわたる対立を経て、台湾海峡の平和を確保するために、わが国政府は同時に2つのことに挑戦しました。それは両岸の相互信頼を構築することと、台湾の優位性を再構築して平和を保障することです。
「1992年のコンセンサス」は、それを始めるにあたっての一つの重要な立脚点となりました。台湾と中国大陸の難題となっている「一つの中国」問題を1992年に「『一つの中国』の解釈を各自表明する」とした合意を基礎として、両岸の平和と繁栄を追求するために、わが国は多くの実務的な方法を提案してきました。例えば、中華民国憲法の枠組みの下、「統一せず、独立せず、武力行使せず」の「3つのノー」政策を維持することです。この法的根拠は1947年に施行された中華民国憲法を基礎とするものであり、両岸が共に両岸関係の前向きな発展を推進でき、誤解や隠された意図をなくし、同時に相互信頼を確立し、両岸の人々が恩恵を受けるようにするものであります。
『聖書』にある「剣を鋤に」とは、双方が意見の相違に邪魔されることなく、成果の追求に専念するには、実務的な姿勢と知恵が必要であることを示しています。そして、わが国が「主権は互いに承認せず、治権(施政権)は互いに否定しない」と主張することにより、主権問題に対する見解の相違の影響を受けずに両岸の実質的交流が可能となりました。
同時に、われわれは、対岸および国内の人々に向けて政府の両岸対話の構想を明確に説明してきました。「切迫したものから先に、急がないものは後に、簡単なものを先に、難しいものを後に、経済を先に、政治を後に」の原則により、両岸関係における各種議題を処理する優先順位を確立しました。わが国政府は確固として開始時点から明確な協議スケジュールを設定し、両岸の対話が少数の難題によって先送りされないようにしました。われわれの目標は、両岸関係の平和的発展に必要な相互信頼を構築することです。私はこのような「積み上げ方式」こそが、台湾海峡の恒久的平和を追求する唯一の道であると深く信じています。
両岸は過去5年間に18項目の協定に調印しました。その内容には、両岸の直航、観光、経済連携、知的財産権、原子力エネルギーの安全、司法の相互協力などのテーマが含まれています。ここで私は両岸関係の現状を説明いたします。5年前、両岸の間には定期直行便がありませんでしたが、今では毎週616便が運航されています。5年前、中国大陸から台湾を訪れた旅行客は27万4,000人でしたが、2012年には250万人にまで増加しました。新型肺炎(SARS)が2003年に大流行した際、中国大陸はまったく台湾の需要と懸念を無視していましたが、最近発生したH7N9型鳥インフルエンザでは、感染拡大を予防するため両岸の公衆衛生専門家どうしの協力が始まっています。
今後3年間で、両岸は『経済協力枠組み協議』(ECFA)におけるサービス貿易および物品貿易の協議を完成させるとともに、教育および文化の交流も大幅に増えることが見込まれています。例えば、現在、中国大陸から台湾への留学生は年間1万7,000人ですが、今後も増加し続け、両岸の文化協力も拡大していくでしょう。そのほか、両岸間で往来する700万人のためのサービスと、両岸間の1,600億米ドル相当の価値をもつ物品およびサービスの流通をケアするため、双方は相手方の主要都市に実務機構の開設を計画しています。これらのさまざまな努力を経て、両岸関係はここ60年間で最も安定し、平和な状態となりました。
両岸関係が平和的に発展する際、台湾の国際空間も同時に拡大しました。両岸が対話を再開した際に、わが国政府は中国大陸に対して、今後台湾の国際参加は「2つの中国」、「一中一台(一つの中国と一つの台湾)」、「台湾独立」などを企図するものと見る必要はなく、台湾が目指しているのは「責任あるステークホルダー(利害関係者)」であり、すなわち「ピースメーカー」、「人道支援の提供者」、「文化交流の推進者」、「新たなテクノロジーとビジネスチャンスのファシリテーター」、「中華文化のリーダー」を目指したいということを明確に説明しました。
最近の国際社会は、すでに台湾が「責任あるステークホルダー」をどのように演じ、平和を生み出しているのかをはっきりと目撃されたことと思います。昨年8月、わが国政府は「東シナ海平和イニシアチブ」を提起し、釣魚台列島(日本名:尖閣諸島)の主権争議について、各方面に衝突から話し合いへとかえていくように呼びかけました。そして同年11月に、台日が漁業交渉の会談を開きました。台日は過去16回の漁業会談を開催しましたが、いずれも協定締結への合意には至りませんでした。今回は双方が互いの釣魚台列島に対する領有権の主張を変えることなく、東シナ海に「協定適用水域」を設け、漁業資源の共同保護および共同管理を行うことで合意し、6日前(4月10日)についに漁業協定が調印されました。同協定は台日双方の漁船が台湾本島の2倍もの大きさの「協定適用水域」の内側で操業する際に安全が保障されることが定められました。この協定は台日関係における歴史的な一里塚であり、争議に対して各方面が解決方法を探し出して解決し、同時に平和と安定が確保されたよいモデルとなりました。
われわれは過去5年間、台湾の国際参加拡大に向けて努力し、その具体的成果も得られました。中華民国は23カ国との国交を維持し、その他の国との実質的関係も向上しました。例を挙げると、わが国は2011年に日本と投資協定に調印したほか、シンガポールおよびニュージーランドと経済連携協定に近く調印できるように力を入れているところです。また、わが国の行政院衛生署長は2009年より毎年、「世界保健機関」(WHO)の年次総会(WHA)にオブザーバーとして出席しています。また同年、台湾は「世界貿易機関」(WTO)の「政府調達協定」(GPA)に加盟しました。連戦・元副総統は5年連続「首脳代表」の肩書で、「アジア太平洋経済協力」(APEC)首脳会議に出席しています。今年3月19日、私は政府代表団を伴いローマ法王の就任式典に出席しました。これは中華民国とバチカンが1942年に国交を結び、71年来初めての中華民国総統とローマ法王の公式会見でした。台湾の国際空間が広がったことは、台湾が国際社会で「責任あるステークホルダー」の役割を果たすことを、外国がより一層支持するようになったことを示すものです。このような好循環は地域の平和と安定にプラスとなるものであり、国際社会の最良の利益にも合致するものです。
わが国政府は、実力があってこそはじめて平和が得られることを十分に理解しています。私が5年前に総統に就任した際、米国上層部との相互信頼回復に力を入れました。ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)前国務長官が2011年にホノルルで、台湾は米国にとっての重要な安全保障および経済パートナーであると語ったように、わが国は台米関係をきわめて重視しており、米国からの台湾への武器売却も含めて、十分な自衛能力を持つことにより初めて台湾が中国大陸と接触する際の自信が生まれるのであり、米国が西太平洋における軍の展開の強化およびそれによってもたらされる安定も、きわめて台湾をサポートするものとなっています。
米国は以前より台湾にとっての重要な貿易・投資パートナーとなっています。情報通信産業は台湾の最も重要な輸出産業であり、米国からの投資金額が最高の産業でもあります。米国は台湾にとって第3番目の貿易パートナーであるとともに、わが国の最も重要なテクノロジー提供国となっています。台湾にとって中国大陸が貿易面においてどれだけ重要であっても、それでも台湾は米国との経済・貿易関係のさらなる深化を望んでいます。昨年、米国産牛肉の輸入問題の解決に成功した後、中華民国は米国と1994年の「貿易・投資枠組み協定」(TIFA)の枠組みの下で貿易協議を再開しました。台湾は着実に貿易自由化の歩みを加速させています。そのほか、経済繁栄と国家安全保障を追求するためにも、台湾は『環太平洋連携協定』(TPP)および『東アジア地域包括的経済連携』(RCEP)の枠組みから外れることはできません。
文化面においては、初の中国人留学生である容閎が1847年に米国の地を踏んで以来、米国の価値観と卓越した学術水準は常に中国人の学生たちを引きつけてきました。どの時代に米国へ留学した中国人留学生も、みな米国の価値観を祖国に持ち帰り、1911年の辛亥革命を含む、中国の現代化に重要な貢献をもたらしました。今も米国は台湾人留学生の留学先のトップとなっています。
米国が昨年11月にわが国を正式に「ビザ免除プログラム」(VWP)に組み入れたことに対し、台湾は感謝しています。中華民国は世界で第37番目にこの待遇を付与された国でありますが、唯一米国と外交関係を持たない国でもあります。わが国は毎年40万人を超える人が米国への旅行に出ております。台湾人旅行者は米国の文化や自然景観にあこがれているだけでなく、ショッピングにも真剣です。かれらは米国の対台貿易赤字を減らすことに寄与しています。すなわち、双方は1979年に外交関係を中断したものの、中華民国と米国の関係は盛んに発展し続けているのです。
こうした状況であっても、限られた資源のなかで、台湾は多くの課題に直面しています。わが国政府の国家安全保障戦略は以下の3つの方向性を立てています。1つ目は、両岸和解の制度化により、どちらも非平和的手段によって意見の相違を解決しようと思わせなくすることです。2つ目は、台湾を世界の模範的な市民社会とすることです。すなわち、自由と民主主義の理念を支持し、自由貿易の提唱および国際社会における人道援助提供などの方法で、道徳的地位を向上させていきます。3つ目は、国防力の強化です。これらの国家安全保障戦略は、両岸関係が平和的に前向きに発展することを守るものであると同時に、課題に対して実務的に向き合うことでもあります。つまり、台湾と米国は地域の平和と安定を維持するうえで、共通の価値観と利益を共有しているということであります。
外国と安全保障パートナー関係を持つ国は、パートナーが紛争に巻き込まれることや、切り捨てられることを、よく心配するものです。以前、米国では、中国大陸の台頭により、台湾がいつか中国大陸との衝突に米国を巻き込むことになるのではないかと懸念する人達がいました。また、台湾が中国大陸と交流を深めることは、米国を「放棄」することではないかとも心配していました。これら2つの見方を支持する人はいずれも、米国は台湾に対する支持を減らすべきであると主張しています。しかし、これら2つの見方は正確ではありません。わが国政府は両岸関係の和解を追求し、台湾海峡の平和を促進していますが、わが国政府は中華民国憲法を遵守することで、無分別に両岸の現状を変更しようとする可能性を法的に回避しています。
台湾と米国は、民主主義を愛し、人権と法治を尊重し、自由貿易体制を支持し、さらにはバスケットボールと野球に熱狂し、林書豪(ジェレミー・リン)選手や王建民選手のファンであることなど、多くの共通点があります。台湾は米国との古くからの友情を大切にしており、中華民族が過去五千年にかけて築いてきた価値や文化も同様に大切にしています。中華民国を護持していく重要性は、台湾の領域をはるかに超えるものです。なぜなら、中国の歴史において、民主主義が華人社会のなかでも盛んに発展できることを、台湾の人々が初めて証明したことにより、中国大陸の13億人の人々に希望の光をもたらしているのです。これは米国政府および国民にとっても大きな意義のあることであり、わが国政府および台湾の国民にとっても同様であります。
皆様、わが国政府は民主台湾を導き、東アジアの難しい局面を乗り越えてまいります。われわれは、台湾海峡の平和と繁栄の強化に向けて努力していくとともに、国際社会で「責任あるステークホルダー」の役割を果たすため、さらなる国際空間を開くために努力してまいります。私は中華民国の未来に対して、大いなる自信を持っております。
結びの言葉:
親愛なる皆様、2008年より、台湾海峡はすでに平和と繁栄の海道となりました。両岸の貿易および投資は増加を続け、中国大陸から直行便で台湾を訪れる観光客、学生、専門家の人数も増え続けています。われわれは訪台する中国大陸の人々に台湾のさまざまな成功を理解し、実感し、中国大陸に持ち帰って家族や友人と分かち合ってもらいたいと心より願っています。また、台湾の国民も中国大陸を旅行して、その発展への理解を深めてもらいたいと願っています。両岸の教育、文化、スポーツ、刑事・司法、公衆衛生など各分野の協力交流の成果はきわめて豊富です。われわれは、これらの交流と協力を目の当たりにすることが、台湾海峡の平和と繁栄に前向きな影響をもたらすものであるよう願っています。
過去20年間の両岸における、台北、ワシントン、北京の3者関係の重要なできごとを振り返ると、われわれは三方とも多重な利益を確保できる平衡点を見つけ出したと言えるのではないかと思います。この平衡点が存在すると思われるのは、各方面が、話し合いが衝突よりも効果的に互いの差異を縮めることができると認めているからです。しかし、この平衡点は永遠に変化しないということは決してありません。われわれは、次の方途を注意して守っていかなければなりません。それは、互いの主要利益を理解し、正確なシグナルを発信し、政治的な言行は慎重にするほか、最も重要なのは、誠意と信頼の原則をしっかり守ることです。
しかしながら、これらだけではまだ足りません。台湾はまだ、国内からの若干の挑戦を克服し、台湾海峡および東アジアにおける上述の平衡を達成しなければなりません。これらの挑戦は容易ではありませんが、克服できないものでもありません。スタンフォード大学の先生および学生、並びに皆様方、私は中華民国の総統として、引き続き台湾の平和と繁栄を導いてまいります。われわれは今後もさらなる努力を続けてまいります。
【総統府 2013年4月16日】
写真提供:総統府