盧千恵・駐日代表夫人の出版記念会が開かれる


盧千恵・駐日代表夫人の出版記念会が開かれる



盧千恵・駐日代表夫人の出版記念会が開かれる

 7月12日、台北駐日経済文化代表処の許世楷・駐日代表の夫人である盧千恵(ロー・チェンフイ)さんの著書『私のなかのよき日本』(草思社)の出版記念パーティーが東京都千代田区のプレスセンタービルで開かれた(本の詳細はこちら)。

 『私の中のよき日本』は、盧千恵さんが自身の半生を振り返り、1955年に留学生として来日した盧千恵さんの日本での思い出が綴られている。日本で夫となる許世楷氏と出会い、台湾への愛国心に共鳴した二人は台湾の民主化を求めて台湾独立運動に参加した。このため、当時の中華民国大使館からパスポートを没収され、台湾が民主化されるまでの30数年間、一度も台湾に帰ることができず、この間の苦労は並大抵のものではなかった。そして苦しい時代を乗り越えて時代は変わり2004年、盧千恵さんは「大使」夫人として再び来日したのである。

 ともに台湾独立運動に参加した友人である評論家の金美齢さんは乾杯の挨拶で、『私の中のよき日本』の中でも触れられている1968年3月に起こった「柳文卿事件」について語り、台湾独立運動のメンバーだった柳文卿さんの強制送還を何としてでも食い止めるため、仲間は車で護送車に体当たりして奪還しようとし、最悪の事態を想定した許世楷氏が覚悟を決めて「僕がもし死んだら、日本に残って、日本で再婚しなさい。台湾に帰ってはならない」との言葉を盧千恵さんに残して行ったのだというエピソードを紹介した。

 パーティーでは、盧千恵さんが帰国を果たしたときに、故郷の台中で書いた詩に作曲家・郭志苑氏が曲をつけた歌を、東京フォルモサ婦女会のメンバーと一緒に合唱した。さらに、盧千恵さんが作詩した「地球e花園」(地球の花園)に、この日のために趙雲華・台北駐日経済文化代表処総務部長が曲をつけ、ピアノの弾き語りで披露した。

 盧千恵さんはアンデルセンの『絵のない絵本』の中に登場する貧しい女の子が「かみさま、あした、わたしにパンをお恵みください。――バターもたっぷりつけて」とお祈りしたことを引用して、「私も本が出版される前に『よい本にしてください』とお祈りしました。すると、本だけでなく、更に多く思いがけない恵みが与えられました。身に余りある今日のこのお祝いの会、感動と感謝でいっぱいです」と謝辞を述べ、「台湾の前途に明るい光をもたらすため、がんばってきました。台湾はこれから台湾というブランドを築き上げるためにもっと努力しなければなりません」と語り、台日関係のさらなる発展と、日本人の台湾への関心や理解がより深まることに期待を示した。

《2007年7月13日》